
医事法学(末期医療)
末期状態患者の「死ぬ権利」について
2001年4月10日、オランダ上院は、安楽死合法化法案を可決した。この法案は、一定要件を満たした場合、安楽死を刑法上の犯罪から除外
するもので、賛成46・反対28(欠席1)という賛成多数で可決(下院においては2000年11月に可決済み)、オランダは世界で初めて安楽死を合
法化した国となった(1)。
オランダでは、既に30年以上もの長きに亙る期間において、無意味な延命治療を行わないとする尊厳死に加え、耐え難い苦痛に悩む終末期症
状の患者が薬物投与などの措置を採って安楽死することが社会的に容認されており、末期状態患者の「死ぬ権利」はある程度の市民権を得てい
た。むろん、医師にとっては、安楽死は刑法上の自殺幇助罪に該当するものであるが、患者が自ら望んだ場合などの一定の要件を満たしているこ
とを前提条件として慣習化されていた。
オランダ上院で可決された安楽死合法化法の骨子は以下の如きである。
(1)一定要件を満たす安楽死を行った医師に対しては刑事訴追しない。
(2)安楽死が成立するための要件としては、a.患者の自由意思による安楽死の要請があり、b.耐え難い苦痛が続き何ら回復の見込みがないこ
と、c.代替治療法がない、などを設定。
(3)担当医師は、別の医師最低1人と協議すること。
(4)医師や法律家らで構成され地域評価委員会が安楽死に関する報告を審査する。
我が国においては、言うまでもなく安楽死立法の経験はない。判例としては、これまで安楽死事件に関する裁判所の判断は7件ほど存在する
が、その中で最も注目を浴びた事件は平成7年の東海大学医学部付属病院「安楽死」事件判決(2)である。同事件は、多発性骨髄腫で入院してい
た58才の患者の病状が急変し末期状態となった際、患者の家族から要請された担当医が点滴やフォーリーカテーテルを外し、塩酸ベラパミル製
剤や塩化カリウム製剤を注射して患者を死に至らせた事件である。ちょうどその当時のアメリカでは、1990年に遷延性植物状態患者から胃チュ
ーブの撤去の是非をめぐって争われたナンシー・クルーザン事件(連邦最高裁判決)(3)が全米で激しく議論され、日本のみならず世界中で注目を
浴びた。
人類は21世紀を迎え、我が国は、今後、益々高齢化社会へと移行していくわけであるが、医学の発展と共に論議されてきた延命治療実施の是
非について、更に議論が活発化されることが予想される。終戦直後、昭和23年(1948年)、最高裁において、「生命は尊貴である。一人の生命
は、全地球よりも重い」とした判決理由(4)はあまりにも有名である。これは、最高裁がイギリスのサミュエル・スマイルズ(Samuel Smiles, 1812-
1904)の『自助論』(Self-Help)を引用して述べた部分であるが、この一節はまさに人間の生命の重さを示唆する見解として高く評価できる(5)。
しかし乍ら、実際の医療現場において、(時として過度と思えるような)延命治療を行うために体中をチューブで繋がれるという如き状態を余儀な
くされた患者、いわゆる末期状態患者が、「人間らしく"尊厳"を持って死に至りたい」という一個の"尊厳ある人間"(human being with dignity)とし
ての意思表明をすることがしばしばある。そうした個人としての人間が主張し得る権利として「死ぬ権利」(right to die)を許容すべきか否かという問
題を検討する際に、「"人間の尊厳"(human diginity, the dignity of man, die Wurde des Menschen, dignitas hominis)とは一体何か」という人間存
在における極めて根本的な問いが浮上してくるのである。
1949年5月4日に採択されたドイツ連邦共和国基本法(Grundgesetz fur die Bundesrepublik Deutschland)は、その第1条第1項において、「人
間の尊厳(Wurde)は不可侵である。これを尊重し、かつ、保護することは、すべての国家権力の義務である」(5)と規定している。この基本法におい
ては、特に「人間の尊厳」についての定義づけはしていないが、通常、憲法学者は、人間の精神性、人格性、(責任が伴う)自己決定や自己形成
の能力などを包含してこれを解釈する。それでは、このように、「人間の尊厳」は不可侵ではあるが、死ぬ権利を検討する上で必ず考えなければな
らない問題、つまり「生命の尊重」とは一体如何なる関係があるのであろうか。
「人間の尊厳」と「生命の尊重」について、ホセ・ヨンパルト教授が示す相互関係を用いれば、この関係は、≪人間の尊厳→生命の尊重≫ではあ
るが、≪生命の尊重→人間の尊厳≫ということではない(6)。つまり、「人間の尊厳」という概念から「(人間の)生命の尊重」が価値が出てくるので
ある。もちろん、「生命」という概念には、人間・動物における格差はないと考えるべきであるが(7)、「人間の生命」(人命)の尊重は、言うまでもなく
人間に限るものであり、それは他の動物の生命よりも(生物学的にも医学的にも)高い価値がそこに存するのである(8)。これは、「人間の生命と動
物の生命は同格ではない」ということを意味しているのであり、「生命の尊重」、つまり「(人間の)生命の尊重」は、必然的に人間の尊厳という範疇
から導き出る価値なのである。
本論に入る前に、まず、患者の「死ぬ権利」、即ち、安楽死と尊厳死の概念について簡単に説明し、双方における性格の相違を論じる必要性が
あろう。
安楽死は、英語ではeuthanasiaと呼ぶが、この言葉は、17世紀においてイギリスの司法官、政治家、哲学者として活躍したフランシス・ベーコン
(Francis Bacon, 1561-1626)によってギリシア語のeuとthanatosを合成して作られた言葉である。euはnoble(崇高な、気高い、高貴な)あるいは
good(良い)という意味を持ち、thanatosはdeath(死)を意味する。それ故に、本来、euthanasiaという言葉が包含するニュアンスは、「崇高で良き
死」ということであることが認識できる。今日の医療現場において、耐え難い苦痛を余儀なくされている患者が、麻酔(anesthesia)(9)などによって痛
みを緩和しながら可能な限り苦痛を回避して死を迎えることを「純粋安楽死」と呼ぶことがあるが、これは、医療行為の一つとして広く容認されてい
るものである。
現代社会においては、総じて、安楽死から「崇高で良き死」というニュアンスなど感じ得るものではない。通常、安楽死は、「不幸や苦痛に満ち溢
れた、屈辱的、あるいは非人間的な状態から逃れる」という目的を達成するために迎える死であると解されている。
これを更に具体的に言うならば、安楽死は、「安楽にされるための死」という意味で使われている概念である。このような意味合いで安楽死を最
初に提唱したのは、イギリスの人文主義者・著作家であるトマス・モア(Sir Thomas More、 1478-1535)である。トマスは、著書『ユートピア』
(Utopia)において、ヒューマニズムの立場から安楽死肯定論を展開することに努めた。一方、日本では、森鴎外(1862-1922)が小説『高瀬舟』の中
で、日本人としては初めて安楽死についての問題に触れた。また、鴎外は、『高瀬舟縁起』という小文を発表し、安楽死の概念を更に具体的に述
べたのである。
トマスや鴎外が述べた如く、近代における安楽死の概念とその意義については、「死」が直ぐ目前に迫っている者、とりわけ、死苦に置かれた者
をそのままの耐え難い状態で放っておくのではなく、「早くその者の生命を終焉させるように措置をした方が、本人にとってはより人道主義的であ
る」という考え方に傾向している。しかし乍ら、一方では、如何に苦悩に満ち溢れた「生」であるとしても、神が人間に与えた賜物である生を、人間
の勝手な解釈によってそれを人為的に断ってしまう行為は、たとえ如何なる正当化(justification)を試みようとも決して許させ得ないと解する宗教
的な価値観が存在することも無視することはできない。
次に、尊厳死(death with dignity)について簡単に説明する。
承知の如く、安楽死は人間の歴史において極めてオーソドックスな問題として扱われているが、尊厳死に関しては、根本的にその性格が異なる
ものである。即ち、尊厳死は、戦後、医学が目覚ましい発展を成し遂げた波及効果として現れてきた概念である。つまり、医学の発展は高度な延
命治療を可能としたが、本来ならば末期状態に入っている患者はごく自然な死を迎えるはずなのであるが、行き過ぎた延命治療によって人間とし
ては極めて不自然な"死に際"(deathbed)を演じなければならなくなってしまった。つまり、尊厳死は、患者が自己の人間としての尊厳を全うする目
的で「延命治療を中止あるいは差し控えを行う」という概念である(10)。
尊厳死は、一般に、医学技術の高度な発展が齎す過剰治療からの解放を意味するといえる。即ち、患者が「スパゲッティー状態」と化してしまう
苛酷な延命治療を行うことを中止し、人間としての尊厳性を有する状態で自己の生命を全うさせる権利を容認するべきであるとするのが尊厳死を
肯定する立場である。
通常、尊厳死を認める理由としては、現代における医学技術の発展が齎した端的な「延命至上主義」への反省、そして批判を挙げることができ
よう。古代ギリシアの"医学の父"、ヒポクラテス(Hippocrates, 460?-?377 B.C.)の時代から受け継がれていた「患者が生きている限り最後まで治
療を施す」という『ヒポクラテスの誓い』に秘められている伝統な医倫理は、長い間、医師の"古き良き職業倫理"として世界中の医師たちの心の支
えとなってきたことは広く知られている。しかし乍ら、高度に発達した延命治療の技術は、患者に苛酷な苦痛を齎し、人間としての価値や尊厳まで
も喪失させてしまうという如き不幸を招く結果となっているのである。
その反面、現代における医療技術の高度な発展は、疼痛緩和治療の発展を遂げており、これに伴って安楽死が問われるという局面は減少して
いるという事実にも留意すべきである。そして、実に皮肉な現象ではあるが、医療技術が発展すればするほどに、尊厳死の問題は増加する傾向
にあるのである。このような医療現場の実態を鑑みると、概念上、ここに安楽死と尊厳死を区別する必要があることが明確になってくる。
さて、「尊厳死」(death with dignity)は、行われるその"目的"に鑑みると、「積極的安楽死」(active euthanasia)」とは異なる目的を持っているとい
うことは言うまでもない。それに加えて、我々は、「尊厳死」と「消極的安楽死」(passive euthanasia)との比較においても、双方は、(微妙ではある
が)異なる目的を持っているということに留意しておく必要性がある(11)。
その具体的な理由としては、消極的安楽死と尊厳死は双方とも"不作為"であるとしても、消極的安楽死は「自然死としての死期を早める」という
ことを目的としているが、尊厳死は「自然死としての死期を"過度に引き伸ばす"という措置を止める」ということを目的としているからである。
即ち、すべての尊厳ある人間は、「ごく自然な状態で死を迎えることが望ましい」という観点に立脚した場合、自然死を不当に早めることを目的と
している安楽死は容認され難いが、自然死を"過度に引き伸ばす"ということの拒否である尊厳死は容認されるべきであるという見解がある。学説
では、消極的安楽死の概念に尊厳死を含めるのが通説であるが、尊厳死という概念が登場し始めた医療現場における"歴史性"を鑑みると、今後
は、これらを区別して考察する必要性も出てくると考えられる(12)。
昭和58年(1983年)10月、「日本安楽死協会」は、「日本尊厳死協会」へとその名称を変更した。その主な理由は、日本安楽死協会は、不治
且つ末期状態の患者及び植物状態の患者に対する過剰な延命措置の継続に対し、各人の自発的な意志によって、このような医療を拒否する運
動を行ってきたが、改めて、会の考え方が「人間の尊厳を守る人権の主張であること」を強調し、安楽死協会の名称が積極的安楽死(慈悲殺)を
推進する団体であるかの如き誤解を解消するために変更したということである。
同会の名称変更がなされた背景には、積極的安楽死についての世論の警戒心に対する配慮があったわけであるが、具体的には、「安楽死法
制化を阻止する会」(昭和53年11月発足)の声明に対する配慮でもあった。この声明は、安楽死法制化への動きは、明らかに医療現場や治療や
看護の意欲を阻害し、患者やその家族の闘病の気力を失わせるばかりか、生命を絶対的に尊重しようとする人々の思いを減退させているというも
のであった(13)。
このような諸団体の理念の対立は、患者の「死ぬ権利」を考える際に、非常に議論を活発化させる役割を演じると共に、現在の安楽死・尊厳死
問題を検討する上での主要な論点を導き出すことにもなる。この問題について、考え得る論点を大まかに大別すると、以下の如き3つの論点に絞
ることができる(14)。
a. 安楽死・尊厳死の肯定は、人間の尊厳を守る人権の主張なのか、それともそれに反する主張なのか。
b. 安楽死・尊厳死の肯定は、逝く人のためなのか、それとも生き残る周囲のためのものなのか。
c. 日本でも安楽死(尊厳死)を法制化することは望ましいか、否か。
これらの3つの論点の中で、最も根本的な問題はaである。即ち、安楽死・尊厳死の肯定は、「人間の尊厳」を守る、つまり人間の尊厳を有する
個々の人間の人権を擁護しようとするための肯定なのかという問題である。
個々の人間が「如何によく生きるべきか」という問題は、人生最後の選択としての「如何によく死ぬべきか」という問題でもある(15)。既に触れたよ
うに、人間の生命(人命)を尊重するということは人類共通の理念である。だからこそ、我々は、そうした人間としての基本理念を見据え、その生命
を、「尊厳ある生命」(life with dignity)として死に至らせたいと望む末期状態患者の権利について検討することが必要となってくる。そして、これ
は、まさに「"尊厳ある人間"としての死ぬ権利」(right to die as a "human being with dignity")についての検討であるのである。
注)
(1) "Dutch Upper House Backs Aided Suicide", The New York Times, (April 11, 2001), "Netherlands Legalizes Euthanasia", The
/////Chicago Tribune, (April 11, 2001).
(2) 横浜地裁平成7年3月28日判決(判時1530号28頁)。
(3) Cruzan v. Director, Missouri Dept. of Health, 497 U.S. 261, 110 S. Ct. 2841 (1990).
(4) 最高裁昭和23年3月12日大法廷判決(刑事判例集2巻3号192頁)。この判決は、死刑の合憲性が審理された有名なリーディング・ケー
スであるが、最高裁が「生命は尊貴である。一人の生命は、地球よりも重い」と述べたことは、人間の生命の尊厳性を考える時、高く評価さ
れるべき見解ではあるが、その一方で、平然と死刑の合憲性を肯定したのは偽善的言辞に類似するのではないかという批判もある。詳細に
ついては、菊田幸一『犯罪学』5訂版(成文堂、1998年)250頁以下、木村亀二『刑法の基本概念』(有斐閣、1961年)、木村亀二『刑法
改正と世界思潮(日本評論社、1965年)226頁、及び、菊田幸一『いま、なぜ死刑廃止か』丸善ライブラリー143(丸善、1994年)21頁。
(5) Hans Nawiasky, Die Grundgedanken des Grundgesetz fur die Bundesrepublic Deutschland, 1950. 邦訳は、樋口陽一・吉田善明「解説
世界憲法集」第4版(三省堂、2001年)193頁。
(6) ホセ・ヨンパルト『法の世界と人間』(成文堂、2000年)232頁。
(7) 金澤文雄「生命の尊重と自己決定権」『人間の尊厳と現代法理論』ホセ・ヨンパルト教授古稀祝賀(成文堂、2000年)93頁では、「生命
の尊重」と「人命の尊重」を概念的に区別している。
(8) ヨンパルト、前掲書231頁、及び、金沢、前掲論文93頁以下。
(9) 麻酔とは、薬物の作用によって、神経機能が可逆的に障害され、意識喪失や無痛、不動、刺激に対する反応の欠如等が発生している状
態である。薬物を全身に作用させて中枢神経系全体、即ち、身体全体に麻酔状態を作るのが全身麻酔であり、神経系の一部にだけ効かせ
身体の一部を麻酔するのは部分麻酔(あるいは局所麻酔)と呼ぶ。医学的効果としての詳細は、Stuart C. Cullen, M.D., Anesthesia in
General Practice (3rd Edition), The Year Book Publishers, Inc. (1951).
(10) 1994年に行われたに日本学術会議の「死と医療特別委員会報告−−尊厳死について−−」において、同委員会は以下の如き見解を
示している。即ち、「生命維持装置の導入など、生命維持治療の長足の進歩により、輸血、高カロリー輸液、心臓マッサージ、人口呼吸など
の延命措置が発達し、従来は不可能であった患者の治療が可能になってきたが、それに伴い、末期状態にある患者の延命も可能になり、ガ
ンなどの激痛に苦しむ末期状態の患者や回復の見込みがなく死期が迫せまっている植物状態の患者に対しても、延命治療を施している場
合が多い。尊厳死は、こうした助かる見込みがない患者に延命治療を実施することを止め、人間としての尊厳を保ちつつ死を迎えさせることを
いうものと解されている。」
(11) 「積極的安楽死」は、患者の本人の嘱託または承諾に基づいて、死を齎す意図をもって"作為的に"患者の生命の短縮・断絶を行うもので
ある。実際は、致死量の薬物を注射して死に至らしめる行為がこれに該当するものである。また、「消極的安楽死」は、患者に対して生 命維
持のために必要な基本的処置を敢えて行わないことをいい、無論、医師は、その措置がなされなければ患者の生命が短縮・断絶され死期が
早まることを認識している。具体的には、自力で必要な栄養を摂取することが不可能である植物状態患者に対して、敢えて水分や栄養を与
えないで死に至らしめる行為である。
(12) 葛生英二郎・河見誠『新版 いのちの法と倫理』(法律文化社、2000年)174頁。
(13) 中村雄二郎「生と死のレッスン」(青土社、1999年)188頁。
(14) 中村、前掲書189頁。
(15) Sue Woodman, Last Rights; The Strubble Over the Right to Die, Perseus Publishing (Cambridge, 2000).
「生命の質」(quality of life)
一般に、「生命の質」は、生命倫理学や医事法などの分野で"quality of life"(QOL)と呼ばれている。英語では、患者の権利に係わる問題を論じ
る際、「生命の質」を含め、いわゆる「生活の質」という意味で用いることがあるため、以降、ここにおいては、一環してQOLと呼ぶことにしたい。
さて、歴史を溯り、1960年、アメリカにおいて「市民社会の幸福に関する大統領委員会」において、"examine the quality of individuals' lives"と
いう表現が用いられたことがあるが、これは、当時、医療倫理の課題としてのQOLを検討する際の表現として全米から注目を浴びる起爆剤となっ
たといえる(1)。その後、1968年には、法学者、キンダーガン(Kindregan, Ch. P.)は、『ザ・クオリティー・オブ・ライフ−−アメリカ法の道徳的価値に
ついて−−」(2)を出版、法学の観点から生命操作や人口妊娠中絶、死、家族や市民社会の生活等QOLを述べている。1972年には、ジョセフ・フ
レッチャー(Joseph Fletcher)が『人間であること』(Humanness)を出版し、人間についてのQOLを判定するための15の基準が紹介された。
1995年の『生命倫理百科辞典』(Encyclopedia of Bioethics)(3)においては、QOLは大きく3つに分類されている。それらは、a.「臨床の場にお
けるQOL」、b.「ヘルス・ケアの配分におけるQOL」、そして、c.「法律上の見方からのQOL」である。
「臨床の場におけるQOL」では、第二次世界大戦後における目覚ましい医学の発展を背景として、実に多様な医療現場においてQOLが問題に
なった。例えば、「人間であることの基準は一体何か」、「医学の本来の目的は何か」、「QOLの評価は、主観的(個人的)評価を最優先すべきな
のか」、「耐え難い病苦にあるからといって、"生きるに値しない"と判断し得る生命があるのか」などである。
さて、QOLの定義は、極めて漠然としており、極めて抽象的であるといえる。懸念される第一の問題は、quality of lifeの"life"が非常に曖昧な
概念である。即ち、lifeには、二つの意味があるが、一つは「人間の生物学的"生命"といえる生命の維持に必須とされる代謝上のプロセスとして
のlife」という意味であり、もう一つは、「人間の人格的な生命、即ち、生物学的生命があることを大前提として、事物を選択することができる、ある
いは、思考するこができるという如き人間的能力を包含したlife」である。前者は、いわゆる動物としての生命であることがわかるが、後者は、考え
る能力としての「理性」を有する動物として人間存在を捉える観点からlifeを定義付けしている。承知の如く、フランスの哲学者パスカル(Blaise
Pascal, 1623-62)は「人間は考える葦である」と述べたわけであるが、後者においては「理性」という人間的能力について窺うことができるわけで
ある。具体的に述べれば、遷延性植物状態患者は、前者の生物学的生命は持っているが、後者の人格的生命は持ち得ないという考え方が成り
立つわけである。
加えて、qualityは、何らかの<優越性><卓越性>に係わる概念であるという認識が一般的であるが、これを生物学的生命と人格的生命が共
に有する<属性><特性><固有性>と捉える方法も考えられる(4)。1960年代から70年代は医学が目覚ましい発展を遂げた時代であるが、
この時代において、人間が罹る病気の「質」(quality)が様変わりしたという事実が、いわばQOLが問われるようになった原因である(5)。
例えば、末期癌患者のQOLを考える際において、この問題は実に顕著に現れてくる。即ち、末期癌患者に対する治療方法を考える時、「患者の
生命を延長することに意義がある」という考え方をするのではなく、患者の「"生活"の質」を高めようとする目的に重要な意義があるとする。アメリカ
の社会学者、ダーレンドルフは、「量的拡大から質的改良へ」と主張したが、これはまさに、人間の生命の"長さ"を最大限に重要視することを無条
件に先行させるのではなく、人間としての"尊厳"を有する患者として、「患者本人が如何にして地球に存する個人として人間らしく"より良く"生き
ることができるか」という"生活の中身"を重視する考え方である。我が国では、永田勝太郎が著書『QOL−−全人的医療がめざすもの−−』にお
いて、医療におけるクオリティーとは、キュア(cure)だけではなく、キュア(cure)とケア(care)を実践する医療への大展開であると述べていることは
高く評価すべきである(6)。
承知の如く、16世紀のフランスにおいて、解剖学を外科に応用して近代外科学の基礎を築いた有名な外科医、アンブロアズ・パレ(Ambroise
Par , 1510-90)(7)は、"Je panse et Dieu le gerarist"「余包帯し、神これを癒し給う」と言った。即ち、パレは、不完全な存在(人間)としての外科医
に対して、外科医は決して驕ってはならない。癒すのは医師のみではなく、神から人間に与えられ自然治癒力が瘡傷を癒すということを(驕る)医
師達に訴えたかったに違いない。
これは、いわゆる医師が行う治療行為を、「完全なる"cure"である」と自負しようとする医師の思い上がりへの警告として捉えることができる。む
ろん、パレが主張したことは治療行為そのものの範疇においてであり、そこには、宗教的心情、そして純粋なピポクラテス主義を全うしようとする
(医専門家が持つべき)医倫理が窺えると解するのが一般的である(8)。そして、言うまでもなく、16世紀当時、パレは直接的にQOLについての問
題意識があったわけではないが、「医師は、単に、自らが施す"医療技術"の効果に酔い痴れるだけでは意味がない」という医師としての基本的な
職業倫理規範について、当時の周囲の医師達だけにではなく、(後世の)医学界に対しても示唆するものであったということができよう。このよう
に、パレのこの言葉は医師がcureを施す際における倫理観を基礎とする見解ではあるが、これを<医療全般がcureからcareへ推移する>という
プロセスにおいての一つの大きな精神基盤としての役割を演じたとも解し得るものである。
QOLについて論じようとする際、時として、sanctity of life(以下においては、SOLと呼ぶ)、即ち、「生命の尊厳(尊厳性、神聖性)」という概念と
の衝突が問題になることがしばしばある。これは、いわゆる生命の尊厳(患者の生命の尊厳)は絶対不可侵な価値を持っており、この世に存する
全ての人間の生命の価値は平等の存在として扱われ、掛け替えの人間の生命は"神聖なもの"として尊重されなければならないとする立場であ
る。
SOLは、本来、キリスト教の立場に立つ考え方をその発祥としている。例えば、1978年、キリスト教倫理学者であるポール・ラムゼイ(Paul
Ramsey)は、妊娠中絶に対して強く反対の見解を示した。ラムゼイは、幼い命であってもそれぞれが個別的な価値を持つと力説し、いわゆる
"equality of life"「生きることの平等性」を生命倫理の基準とした(9)。
SOLか、それともQOLかという問題は、いわば抽象論に走り過ぎる懸念もあるが、『バイオエシックス百科事典』では、ショージタウン大学ケネデ
ィー倫理研究所のマコーミックは、"protectable humanity"「保護されるべき人間性」という観点からQOLを追求しようとしている。彼は、「quality
(質)やattribute(属性)というのは、人格的な生命、即ち、人格的な関わり(人間関係)を結ぶ能力があるか否かで判断すべきである。ダウン症児
は人間関係の能力を持つと考えられるが、脳障害の幼児はそのような能力は持ち得ない」と述べた(10)。また、彼は、QOLとSOLの融合を図ろう
と試みているようにも思われる。即ち、「QOLとSOLの原理という如き2つのアプローチは、互いに対立するものではないと考える。生きることの質
(QOL)は、生命に対する畏敬の念をもって評価される。それ故に、QOLはSOL(生きることの神聖さ)の延長線上に位置するということができ、こ
れら2つを分類したり、別々の名称を付けたりするのは誤りであり、概念上の分裂である」と述べたのである(11)。
注)
(1) 漆崎一郎編『癌とQuality of Life』(ライフ・サイエンス社、1991年)5頁。
(2) Kindregan, Ch. P., The Quality of Life−−reflections on the moral values of American law−−, The Bruce Publishing Company
////(1969).
(3) Encyclopedia of Bioethics, W. Th. Reich editor in chief, 1995.
(4) Ibid., pp.1353-1354.
(5) 日本生命倫理学会の『論集』創刊号(第2号、第3号、1991年)でも明確に述べられている如く、QOLは、圧倒的に医療・看護における
・・・・QOLである。
(6) 永田勝太郎『QOL−−全人的医療がめざすもの−−』(講談社、1992年)95頁では、医療におけるクオリティーとは、キュア(cure)だけを
目的とした古い医療・看護から、キュア(cure)&ケア(care)を実践する医療への大展開であると述べている。これは即ち、病気を診ることのみ
を目的とした医療ではなく、「病気に陥った人間を"総合的視野に立って"世話をする」という転換であるといえる。cureは、日本語では治癒、
即ち、病気が治されることをいう(ドイツ語ではheilungに該当する)。しかし、Webster's New World Dictionary (Second College Edition, 1971)
によると、語源的には、ラテン語のcura(心配する、配慮する)に由来する言葉である。一方、careは、古英語であるcaruは、grief, anxiety,
troubleなどの意味を持つ。以上のことから、本来、cureとcareはお互いほぼ同じ意味を成しているということが明確になる。だが、医学用語と
しては、cureは、外科的根治療法として「治癒」の意味が用いられるようになったのが双方の意味が分離した所以である。詳しくは、竹内正
[監修]、大井玄・掘原一・村上洋一朗[編]、日野原重明「キュアとケア」『医療原論』(弘文堂、1996年)52頁以下。
(7) パレは、1510年にフランスの田舎に誕生し、少年時代は理髪屋の見習いであった。19歳になるとパリに出て理髪師と兼業して外科医の
助手となって、包帯巻きや膏薬の塗り替えなどをして医療実務としての経験を積む。1536年、3回目のイタリア戦争が始まると、彼は看護
長として活躍した。その後、4回目のイタリア戦争にも従軍、彼にはラテン語やギリシア語の素養はなかったが、観察力そして創造力を巧み
に活かし、銃・弾丸創の新しい治癒法を生み出した。1545年には、小冊子『銃創の処置について』を出版した。その他、彼が臨床医として医
学界に果たした貢献はここで紹介するには及ばないが、代表的なものとしては、四肢切断時における出血端の血管結紮法の再興、産科にお
ける足位回転術の提唱などが挙げられよう。パレほどの優れた臨床医は18世紀半ばまでは存在しなかったといわれており、現在、パレは、
「フランス外科学の父」と呼ばれている。西洋医学に果たした彼の貢献については、 J. F. Malgaigne, Surgery and Ambroise Pare,
////University of Oklahoma (Norman, 1965), Jeanne Carbonnier, A Barber-Surgeon, A Life of Ambroise Pare, Founder of Modern Surgery,
////Pantheon Books, (New York, 1965). 川喜田愛郎『医学概論』(真興交易医書出版部、1982年)23頁、日野原、前掲書53頁、及び、森岡
恭彦『近代外科の父・バレ−−日本の外科のルーツを探る』(日本放送出版会、1990年)。
(8) 川喜田、前掲書23頁。
(9) ロバート・F・ワイヤー著、高木俊一朗・高木俊治監訳『障害新生児の生命倫理−−選択的治療停止をめぐって−−』(学苑社、1991年)
186頁。
(10) supra note 3, p.1354.
(11) ワイヤー、前掲書212頁。
Euthanasia in the Netherlands and Japan
[1] Introduction
There has been much discussion on the legal, ethical, sociological or political ramifications of euthanasia in Westeren countries.
In particular, euthanasia has been practiced for some time with certain guidelines in the Netherlands, and a draft bill to legalize euthanasia
and physician-assisted suicide possed the first sitting of the Parliament. The law is now in effect since April, 2002.
On the other hand, Japan has been slow to discuss legislation for euthanasia. But, this does not mean that shortening the lives of
terminally ill patients by doctors occurs rarely in Japan. Rather, it signifies an unwillingness to discuss euthanasia openly. The frequency
of euthanasia is unknown, an no direct and comprehensive data have been officially recorded in public.
[2] "Six Conditions of 1962" to "Four Conditions of 1995," in Order for Euthanasia to be Carried Out Legally in Japan
As the Japanese term for euthanasia, "anraku-shi" literally means peaceful ("anraku") death ("shi"). Euthanasia in Japan can be either
"passive" or "active."
A. Guidelines of euthanasia were first outlined in 1962. In the landmark 1962 case in which a son helped to kill his terminally ill father, the
Hight Court in Nagoya laid down six conditions which muct be satisfied in order for euthanasia to be legally carried out.
1. the inevitability of death desipite all medical attempt.
2. the suffering of those close to the patient.
3. the need to attemp to save the patient from suffering.
4. a clear expression of desire to die from the patient.
5. the method of killing should be appropriate.
6. the procedure must be performed by a doctor.
B. In March, 1995, the Yokohama District Court reiterated four conditions from the 1962 precedent which must be met in order for
euthanasia to be performed.
1. a patient must be suffering unbearable pain.
2. death is unavoidable.
3. there is no alternative to relieve suffering.
4. the patient's will is clear.
Cases of Euthanasia in Japan
1. Tokyo District Court Case in 1950
In December, 1937, a mother became hemiplegic due to cerebral hemorrhage. She had lived at her second son's house for her
recuperation with his father since April, 1942, but, his father went back to his home country (Korea) in July, 1948 and his mother was
waiting his father to return to Korea together.
In February, 1949, his mother became total paralysis, therefore she became a person who needs care. On May 31 of the same, a strange
man came to visit his house to inform that his father usurped other's money and he was investigated by the police. The strange man had a
massage that his father is asking his second son to send some money to his father in Korea. His mother was disappointed to hear such a
message and she had expressed her wish to die. Then, he had poisoned his mother with potassium cyanide. The Tokyo District Court ruled
that the mother had not suffered from physical pain but had wanted to escape from her psychological suffering,
As the Court articulated it, physical pain is necessary to justify euthanasia. Accordingly, the accused was sentenced to 1-year
imprisonment with probation of 2 years.
2. Nagoya High Court Case in 1962
In October 1956, a man became cerebral hemorrhage and had been in bed. In October 1959, he became total paralysis. In the beginning of
July 1961, he started suffering severe pain. On August 20 of the same, the doctor told the family that "he will die 7 days later or 10 days
later.
He shouted repeatedly, "I want to die as soon as possible. Kill me!" due to severe pain. The son, who was known by a lot of people in the
community as a good son for his father and mother, had considered that it is his duty to listen to his father's wish and poured insecticide
into his milk, and his mother (who didn't know the fact) gave the milk to her husband. He died eventually.
The Nagoya High Court ruled that euthanasia could be justified, if all of the following criteria are fulfilled.
(1) The patient is judged to be suffering from an incurable disease and death is imminent based upon contemporary medical knowledge and
//technology.
(2) The patient is suffering unbearable pain and it is extremely difficult for observers to witness the patinent's agony.
(3) Euthanasia is performed only for the purpose of alleviating the patient's suffering.
(4) The request for or consent to euthanasia is given by the patients when conscious and in full competence to express the decision.
(5) Euthanasia is performed by an attending physician (responsible medical officer), or if perfomed by other persons, there are compelling /
//reasons for this.
(6) The method of euthanasia is ethically acceptable.
On these grounds, the court decided that the action of the accused was not permissible, because it was not performed by a physician and
the use of insecticide was not ethically acceptible. The accused was sentenced to 1-year imprisonment with probation of 3 years.
3. Kagoshima District Court case in 1975
A man strangled his wife to death with a towel and a rope while she was sleeping. She had been suffering from tuberculosis in addition to "
jiritu-shinkei-shiccho-sho" (imbalance of the autonomic nervous system) and had repeatedly requested her husband to let her die.
The Court ruled that her death had not been imminent and the means had not been ethicaly acceptable. The accused was sentenced to 1-
year imprisonment with probation of 3 years.
4. Kobe District Court Case in 1975
A man strangled his mother to death with an electric appliance cord. She had been suffering from hypertension and had suffered a stroke
with hemiplegia. Following another stroke, she said, "I could not live long." The son sympathised with this sentiment and he performed
euthanasia to ease her suffering.
Applying the Nagoya rule, the court ruled that death was not imminent, pain was not extremely unbearable, and there was no explicit
demand from the patient. The son was sentenced to 3-year imprisonment with probation of 4 years. This 3-year sentence is longer than
for the other euthanasia cases, parhaps because the mother never expressed a wish to die but only said that "I could not live long."
5. Osaka District Court Case in 1977
A hansband killed his wife, who had been in hospital with terminal gastric cancer, with a knife. She was suffering from severe pain and had
repeatedly requested that he kill her. Because she had no prospect of relief. The court ruled that she should have asked the attending
physician to reduce her pain and that method used was not ethically acceptable. The husband was sentenced to 1-year imprisonment with
probation of 2 years.
6. Kochi District Court Case in 1990
A man strangled his wife, who had been suffering from cartilage cancer and had requested him to assist her in dying. The court sentenced
him to 3-year imprisonment with probation of 1 year for the same reason as the above case.
To summarise, in each of these six court decisions, euthanasia was performed by the patient's spouse or family member who sympathised
with the patinents' agony. The courts followed the precedent of the Nagoya High Court and cited its six criteria for a permissible act. The
accused were found guilty because these guidelines were transgressed.
7. Yokohama District Court Case in 1995
A 34-year-old phisician gave an intravenous injection of 20 ml of potassium chloride solution without dilution to a terminally ill 58-year-
old man, a cancer patient at Tokai University Hospital in Kanagawa Prefecture. Patient died of acute heart failure 3.5 min later.
At the beginning of April in 1991, the patient had developed multiple myeloma and renal failure, suffering from severe pain and convulsions.
The patinet became comatose and the physician withdrew intravennous feeding tubes, following family's request in the morning on April
13, 1991. His family asked the physician repeatedly to withdraw all the treatments. After repeated requests by the family for a medical
action to ease the patient's suffering as quickly as possible, the phisician injected him with with two kinds of tranquilizers at about a one
hour interval, followed by an injection for arrhythmia in the evening on the same day. Thereafter, he deicded to give the patient
intravenous injections of potassium chloride solution. The physician told a nurse in the same ward who strongly disagreed with his
intended action, "I will take full responsibility." Eventually, the physician acted without a request from the patients, also without his
consent.
A nurse brought the incident to the attention of the administrative board of the hospital. Therefore, the board established a disciplinary
committee within the hospital. As a result, the physician was dismissed as disciplinary punishment and three people including the dean of
medicine were reprimanded, in addition, their salaries were reduced. Meanwhile, the Kanagawa Prefectural Police Head quarters forwarded
a police report regarding suspected murder to the Yokohama Public Procecutor's Office.
On March 28, 1995, the Chief judge of the Yokohama District Court described the four new legal requirements for physician-assisted
voluntary euthanasia."
(1) The patient must be suffeirng from unbearable physical pain.
(2) The patinent's death must be unavoidable and imminent.
(3) Every possible palliative treatment and care to ease the patient's physical pain and suffering must have been provided, and no
//alternatives must be available.
(4) The patient must have expressed a clear and voluntary desire to have his or her life shortened.
It was concluded that the physician's action only fulfilled the second requirement. Therefore, he was found guilty of homicide, sentenced
to two years imprisonment, and given a suspended sentence.
|