
哲学・思想 2
プラトンのイデアを批判し、「エイドス」を唱えたアリストテレス
承知の如く、プラトンとアリストテレスは師弟関係にあったが、アリストテレスはプラトンの考え方をそっくりそのまま継承したわけではなく、彼独自
の理論を展開するに至った。
アリストテレスは、まずプラトンが述べる「イデアは個物とは離れて実在する」という理論を否定した。彼は、「イデアは個物に内在している」とし、
個物に形を与えているのがイデアと唱えたのだ。
古今東西、銅像は至る所に存在するが、いかなる銅像においても、@「それを作るための材料の銅」と、A「それを作ろうとする人間の構想」が一
体となって初めて成立するものだ。
ここにアリストテレスの考え方を当て嵌めると、前者を(1)「質料」と呼び、後者を(2)「形相」と呼ぶことができる。
質料は、いわゆる材料や素材を指し、個物がそれによって成り立つ「基本」であり、形相は、個物の「原型」「本質」を意味するものである。アリス
トテレスは、「形相は個物に内在している」と考えたわけであるから、銅像が存在する理由について考えるならば、その銅像の銅の中には、”それ
を作った人間の構想が内在している”と解することができる。これはまさに、プラトンのイデアについての考え方を否定するものだ。
アリストテレスは、この考え方をプラトン理論におけるイデアと区別するために、形相を、「エイドス(eidos)」(即ち、イデアと同様、ギリシア語の動
詞「見る」から派生した名詞)と呼んだ。
プラトンとアリストテレスを比較すると、プラトンが理想主義に傾向する一方、アリストテレスは現実主義を重んじていたといえる。このことは、イタ
リアのルネサンス期の画家・ラファエロ(Raffaello Santi, 1483-1520)がバチカン宮殿に描いた壁画を観れば一目瞭然である。
その壁画の中央にはプラトンとアリストテレスが描かれているが、天を指してイデア界を示しているのがプラトン、その隣で、手のひらを下にして
現実の世界を重視しなければならないと説いているのはアリストテレスである。この壁画は、両者の理論展開における考え方の相違を明確に描い
ているものとして知られている。
聖書における死生観 1・・・旧約聖書における解釈
旧約聖書は、生命の誕生、生の系譜、死の潜みについて多様な形でダイナミックに語っている。以下、ここでは、人間が生きること、そして死ぬ
ことについて旧約聖書がいかなる解釈をしているのかについて検証していきたい。
旧約聖書の創成期1の12、21、25、31によれば、旧約聖書を解釈する人は、神が言葉とロゴスによって万物を生命へよ呼び出す場面に遭遇
し、神自身が自ら創造した生命世界の秩序を是認する宣言に立ち会った。このことは、旧約聖書のストーリーは、生命の礼賛を通してその幕を開
けていると解するべきであるということを意味している。
コーヘレス書9−4では、コーヘレスが「生ける者として選ばれている者には希望がある。生ける犬は死せる獅子に優る」と言っている。また、創
世記3−19、コーヘレス書3の19−20では、人は、「塵から取られ、ゆえに塵に帰る」と伝えられている。いかなる人間であっても同じように死を
迎え、例外なくこの世を去ることになる。「何と、賢者も愚者と同様に死ぬのだ」(コーヘレス書16)にあるように、「死」という定めの前では誰にとっ
ても平等なのである(1)。
興味深いことの一つとして、同じ時代における他の文明における思想と比較すると、旧約聖書では人間の死後の生に関する見方に関しては極
めて消極的かつ控えめな態度を持っているということだ。
例えば、コーヘレス書6−12において「人間に、その一生の後どうなるのかを教えるものはどこにもない」と述べている如く、死が生から完全に独
立して別個の世界を形成するといことはなかった。また、死が擬人化される表現はあったが(2)、ヤハヴェに対抗する如き神格となることはなかった
のである。
アガペア戦争の時代においては、義人の不死の観念や復活思想(3)を窺うことができるが、この時代においても、それらは神を信じて教義に従っ
て清く生きるという信仰の擁護といった限られた観点を大前提として展開された思想であることに留意すべきである。
即ち、この時代の人々の信仰生活の実質的な空間は、今現在、現実に生きている瞬間を最大限に正しく生きるということに主眼を置いていたの
である。現実の生を慈しみ、生きているという確かな事実を賛美する姿勢こそが旧約聖書における死生観と解することができる。
さて、ここからは、旧約聖書においては一体如何なる生命世界が描かれているのかについて検討する。
承知の如く、古代においては、神話の世界では神々の闘争によって生命の世界が誕生している。ところが、旧約においてはそうではなく、「ヤハ
ヴェ神が土の塵で形作った人の鼻に命の息を吹き入れた」(創世記2ー7)ことにによって人間は生きる存在となった。これは言うまでもなく、旧約
における人間の誕生とその生命は、神から与えられた賜物として考えられているということだ。
人間の誕生とその生命が完全無欠の(絶対的な)存在としての神から賦与されているという裏付けは、申命記32−39における「私の他に神は
いない。私が殺し、私が生かす」という言明によって明白である。即ち、神によって与えられた生命は人間が持つ独立した所有物となるわけではな
い。神によって与えられた生命は神によって奪われもするのである。人間が「生かされている」という現実、つまり、人間の生命は神からの賜物で
あるという解釈はまさにここから読み取ることができる(4)。
旧約においては、人間の「生」と「死」の双方が神の手によって委ねられているという考え方は、人々が自らの人生について絶望感に耐え切れな
くなった時、自殺することを絶対的に禁止するものである。ヨナ書4−3やヨブ記6−9などにおいては、極度の絶望感から死を選び、それを切望す
る人は、命を自ら断つということはぜず、神に対して自分の命を取り上げてくれるように嘆願している(5)。
これらの分析で明白なことは、旧約の人々における「生」と「死」に対する態度は極めて受動的であり、「生」とは与えられた生命の下で生きること
であり、「死」とは与えられた生命を与えた神が取り上げることなのである(サムエル書上2−6、ヨブ記1−21)。
さて、神は人間に生命を与えたわけであるが、それは言葉・ロゴスを介して与えたのであった。
即ち、神は人々を祝福し、「産めよ、増えよ、地に満ちよ。また地を従わせよ。海の魚、天の鳥、地を動くすべての生き物を支配せよ」と語ったの
だ(創成記1−28)。旧約における神の存在は不動不変のイディア的存在ではなく、神から人間に対して語りかける「人間を探し求める神」(God
in search of man)から響いてくるものである(6)。
「私は、今日、天と地を証人として呼び出す。そして、生と死を、祝福と呪いを君の 前に置く。君は生を選べ」(伸命記30−19)。
「パンにみにてではなく、ヤヘヴェの口から出づるものによって、人は生きる」(申 命記8−3)。
「君の神、ヤハヴェを愛し、その声に聴き従い、彼につき従いなさい。それこそが君 の生なのだ」(30−20)。
これらの言葉には、神から与えられた人間の人生を生きることは、同時に神の言葉・ロゴスを聴くことであるということを意味している。つまり、
「人間が能動的に生きるということ」は、「受動的に神からの言葉を聴くこと」と同じであると考えられていたのだ。
旧約における「生」の捉え方は以上の考察で明確になったが、一方、「死」に対する人々の捉え方はいかなるものであったのだろうか。
旧約においての「死」とは、神が人間に働きかけ、人間が神に応答するという相互関係が終焉してしまうという意味を成すものである。「あなたが
死者のために御業を行ったり、死霊が起き上がってあなたに感謝を捧げたりするでしょうか。墓の中であなたの慈しみが、あなたのまことの滅びの
国で語られたりするでしょうか。闇の中であなたの御業が、あなたの恵みが忘却の地で知られたりするでしょうか」(詩篇88の11−13、6の6)と
いう語りから理解し得る如く、人間の「死」とは、神が語りかけていても、それに対して決して答えることができない、という事態を意味しているので
ある(7)。
このようにして、生命が応答への招きの受け取りを原始的に包含しており、死が応答不可能性として端的に解釈されていることが明確になった。
それでは、このような背景の下で、人間の生の在り方はいかに展開されているのかについて解明することにしたい。
旧約の生命における象徴的な表現としては、息吹、風、霊(詩篇104の29−30)、息(創世記2−7)、血(レビ記17−11、申命記12−23)
などの表現がある。
これは、旧約における生命は、力や活動のシンボルとして考えられていることを示唆するものであり、決して抽象的な観念ではないことがわか
る。創世記においては、生み出された命は「産めよ、増えよ、地に満ちよ」(創世記1−28)と呼びかけられており、人は、「彼にふさわしい助け手」
を必要とし(創世記2−18、2−20)、異性と協力して新たな共同性を造り出していくように方向づけられている(創世記2−24)。そして、豊かに
増えていくことこそ生命であると解釈され、長寿や天寿を全うすることは祝福されたのであった(創世記35−29、出エジプト記20−12、申命記5
−16、ヨブ記42の12−17)(8)。
また、神の祝福は、子宝に恵まれることも包含すると考えられていた。
例えば、アブラハムは、美しい妻と多くの財に恵まれていたが、神に対して「あなたは何を私にくださるというのですか。私は子がいないままで
す」(創世記15−2)と問いかけている。アブラハム曰く、祝福としての生は、恵まれた天寿をまっとうすることだけではなく、その恵みが子孫へと
引き継がれていくことで完全になると考えられていたのだ。
注)
(1) 外典「ソロモンの知恵」では人間を不死と捉える考え方があるが、旧約聖書においては熟した思想としては解釈できない。
(2) ホセア書13−14、詩編49−15。
(3) ダニエル書12−2。
(4) 関根清三「旧約聖書の思想 24の断章」(岩波書店、1998年)の5章、6章において、人間の存在と生命についての「賜物性」について
詳細に論じられている。
(5) レビ記17の10−14や申命記12の13−28においては、神は人間が動物の肉を食べることを許すが、命と同定される血を食べることを
禁じていることや、創世記9−5においては人間と人間における紛争による生命の損傷は神によって追求されるということは、神自身が生命
の源であるということを意味している。
(6) Abraham J. Heschel, God in Search of Man, −A Philosophy of Judaism− (The Noonday Press, Farrer, Straus and Giroux / New
----York, 1955).
(7) 「仕事も企ても、知恵も知識もない陰府」(コーヘレス書9−10)、「地獄の穴、暗闇、陰」(詩篇八八7)、「陰府に下るともう上ってはこない」
(ヨブ記7−9)という如く、旧約における人間の死は極めて消極的な意味合いを成している。
(8) イザヤ書38−10、詩篇102の24ー25)においては短命が嘆かれていることに留意すべきである。
聖書における死生観 2・・・新約聖書における解釈
新約聖書が「初期ユダヤ教の後半期に登場する死生観」を基本的な前提としているということは周知の事実である。
即ち、バビロン捕囚以降に「第二神殿」を中心とする教団体制が確立された紀元前5世紀から、紀元70年の神殿崩壊までの間を初期ユダヤ教
と称するのが一般である(1)。この時期は、旧約聖書の後期と部分的に重複する時期である(紀元前3ー2世紀)。
この時代におけるユダヤ教の死生観の中には、旧約聖書でかなり頻繁に引用されていた観念が欠如していたり、逆に、それまで耳にしなかった
表現が登場することもある。
例えば、「人は死ねば土に帰る」(創世記3−19、詩篇90−3、104−29、146−4、ヨブ記10−9など)という旧約においては極めて基本的
といえる死生観は、初期ユダヤ教ではほとんど強調されはいない。その理由は、時代背景を考えても明白の如く、当時、ユダヤ民族に様々な苦難
が襲いかかったわけであるが、このような安易な死観では人々は安心することは困難であったのであろう。
一方、不変なものとしては、古代オリエント的ともいえる[人間は死ねば『黄泉(よみ)』へ赴く」という観念である(ヘブライ語では黄泉はsheolと呼
ばれたが、ギリシア語にもこれに相当する観念である"haid s"が存在していたことはこの観念を不変化する上で大きな役割を演じたに違いない)。
初期ユダヤ教、新約聖書においては、この黄泉という観念は単なる死者の国というニュアンスだけではなく、現世に生きていた頃に犯した罪を罰
する場所であるという捉え方がなされていた(ルカ伝16−23)。
黄泉は、色々な生き様を演じた人々が行く空間であるが、結局は、「最期の審判」を受けるために暫定的に滞在する空間である。詩篇49−16
あるいは139−8においては、神は義人を黄泉に放り投げておくようなことはないという旨の希望を明らかにしており、この世の終わりに死者は復
活するという解釈がみられる。
黙示録的世界の到来に対する期待、いわゆるapocalypticism(黙示思想)には、善人も悪人も含めすべての死者が復活し、神による最期の審判
がなされるという考え方(ヨハネ伝5の28−29、黙示録20の12−13)、そして、善人のみが復活することができ、永遠の命が授けられるという
考え方である(ソロモンの詩篇3−12、ルカ伝14−14など)。
旧約のダニエル書12章の2−3においても最期の審判について触れられていることから推察できるように、旧約・新約における人間の「生」と
「死」は、神に対する応答に依存するものである。
新約における死生観を検討する上で最も重要なものは、「イエス・キリストの復活」である。
国事犯として処刑されたイエスは、当時としては最も残酷な「十字架」という方法で命を奪われた。イエスほど神の愛を実践した存在はいなかっ
たにもかかわらず、その最期が十字架による処刑という事実は、多くの弟子たちを絶望のどん底に突き落としたのであった(2)。イエスが埋葬されて
一両日すると墓場から彼の死体が消えてしまったと伝えられているが、これも弟子たちの更なる不安と謎の世界に突き落としてしまったわけであ
る(マルコ伝16の1−8、マタイ伝28の11−15、ヨハネ伝20ー13)。
そのような状況の下、ペトロとマリヤ(マグダラの女)に異変ともいうべき事態が起きた。イエス処刑されたことで彼らの「生」への展望はことごとく
崩壊してしまったわけであるが、彼らはそれまで信じていた命というものとは"全く別の次元の命"を認識するに至ったのである。それは一体何かと
いうと、言うまでもなく死んだはずのイエスが再び現れたということである(第一コリント15の5−7)。イエスの死体が墓場から消え去ったという事
実は、イエスは神によって復活させられたという解釈を生じさせ、「神はイエスを死人たちの中から起こした」という如き表現を生んだのである(ロマ
書6−4、10−9、使途行伝2−24、3−15、5−30など)。これは、後に、「キリストは眠っている者たちの初穂として、死者たちの中から起こさ
れた」(第一コリント15−20)という表現に変わっていき、イエスの復活における黙示思想化現象が始まるのである。
ファリサイ派のユダヤ人であるパウロは、紀元33年頃、ダマスクス近郊で突如、イエスに出会うという神秘体験に遭遇した(ガラテヤ書1−16、
使途行伝9の1−9)。パウロはこれを契機として、原始キリスト教の伝承に力を入れ始めた。それ故、パウロの手紙は原始キリスト教会について
の伝承句の宝庫といわれている。
パウロが展開した神学は、いうまでもなく「十字架の神学」である。十字架刑は、ローマ帝国に反発する者に対する見せしめとしての殺害方法で
あり、極めて残虐で侮辱の極みとされていた処刑法である。イエスが処刑された後、誰も十字架について口にしなかったわけであるが、パウロは
初めてそれを信仰のシンボル的イメージとしての礎を築いていったのであった。
パウロは、第三伝導旅行(使途行伝18−23〜21−14)で書いたコリント人への第一の手紙」において極めて明確に「言葉の知恵」(1−17)
と対比させながら「十字架の知恵」(一18)を語っている。当時の人々にとっては十字架について触れることはまさに愚の骨頂そのものであると考
えられていたわけであるが、パウロは十字架を神の知恵であると断言した(1の18、21〜23)。弁証法としての図式でいえば、「生・死・新生」と
いうプロセスにおける「死」という部分に限りない重点を置くことによって、「新生」、つまり復活したという事態を大きく浮き彫りにしたのであった。
その後、紀元70年代にはパウロがこの弁証法を大きく展開し、90年代には第四福音書が登場する。第四福音書では、生死弁証法の「生・死・
新生」の三者を一元化したのであった。この解釈によれば、イエスの死は新生を包含するものであり、ある意味でそれは新生そのものなのである。
これはつまり、イエスが十字架に挙げられるということを、彼が天に挙げられるということと同じ事態として捉えているということである(3−14、8
−28、12の32〜34)。そして更に、十字架においてイエスがこの世の最期を遂げるときには「成し遂げられた」と語っている(19−30)。
注)
(1) 後にユダヤ教は「ラビ的ユダヤ教」と呼称されるようになる。
(2) 十字架を面前にして男の直弟子たちはパニック状態に陥った(マルコ伝14−50)。
古代ギリシアの唯物論哲学者、エピクロス
エピクロス(Epikuros, 341?-270B.C.)は、古代ギリシアのヘレニズム期に活躍した唯物論哲学者であり、その名は、エピクロス派(Epicurean
School)の開祖としても知られている。
エピクロスは、「快楽」を善とし、それを人生の目的であると主張したが、一方では、彼は、快楽はいかなる形のものでもよいとは言わなかった。
即ち、エピクロスは、基本的に、「快楽を求めることは善である」と説いた。しかし、ある一つの快楽が同時に多くの苦痛を招く場合においては、そ
のような快楽は努めて回避するべきである、と述べたのだ。
また、彼は、ある苦痛に耐えることで、将来、より大きな快楽を得ることができる場合には、その種の苦痛は耐え抜かなければならないとも説い
た。エピクロスは、実に様々な方法で快楽を研究し、その結果、最も重要な快楽は「身体の健康」を基盤とした「精神における平静な境地」(アタラ
クシア、ataraxia)であると唱えた。
彼は、アタラクシアを実現するためには、神々への恐怖心、そして死ぬことへの恐怖心を抱くことは大きな障害になると考えた。そして、どのよう
な人間にとっても、"不可避的な問題"として捉えられているこの恐怖心を克服することなしには、真のアタラクシアに到達することは不可能である
と述べた。
エピクロスは神々の存在の否定はしなかった。即ち、神の世界は、人間の世界とは全く関わりを持たない世界で、至福かつ永遠の生を謳歌して
おり、人間に対していかなる利益も罰も与えたりはしないと主張した。我々人間は、そのような神に対する認識を持つことで、神に対する恐れを抱く
必要性は一切なくなるのだ。
死ぬことへの恐怖心を取り除く考え方としては、エピクロスはデモクリトスの原子論を継受しながらも、独自の理論を構築している。デモクリトス
は、万物の究極は原子であるとしながらも、原子に固有の特性として認めたものは「形」と「大きさ」であった。これに対しエピクロスは、それらに加
えて「重さ」も固有の特性であると考えたのだ。
基本的に、原子は、「重さ」によって空中を下方に直線運動する。そして、原子は、突然、気まぐれに直線運動から逸脱し、"偏り"を生じさせる。
この現象は、この世が原子による端的な運動によって規定され、既にすべてが決定されているわけではないことを物語立っているといえる。エピク
ロスは、このセオリーを根拠として、人間の意志は自由そのものであると説くに至った。
さらに、エピクロスは、人間の「魂」についても、物体である原子から成るものであると説明した。即ち、エピクロスは、魂は、"極めて柔らかい円い
原子"によって構成されていると唱える。エピクロスは、魂は
「火のようなもの」
「空気のようなもの」
「風のようなもの」
と唱え、結局のところ、魂は、
「何らかの定義もない"混合体"」
であると捉えた。彼はこのような観点に立脚し、「全組織体が分解されれば、霊魂は分散する。そうなると、もはや以前と同じ諸能力を持ち得ない
し、運動をすることもない」と説いたのだ。
注)
エピクロスは、サモス島においてアテナイ市民の子として生まれた。快楽主義を提唱したギリシアの唯物論哲学者として有名。紀元前307年に
は、アテナイに「庭園」と呼ばれる、共同生活の場を兼ね備えた学園を開設した。彼は、デモクリトスやレウキッポスの原子論を継承した人物であ
る。
新プラトン学派をオーガナイズした立役者、プロティノス
新プラトン学派の実質的な創始者はプロティノス(Plotinos, 205-270)であり、この学派は、古代ギリシア哲学のラストステージを飾るものとして知
られている。
新プラトン学派は、アリストテレスやストア学派の思想もみられるが、プラトン哲学の影響を大きく受けている学派である。これを証明する顕著な
事実としては、学派の創設者であるプロティヌス自身が自らプラトニスト(プラトン主義者)と名乗り、彼自身の著作において自らプラトン哲学の解説
をしていることだ。また、彼は、自身の著作の中でプラトン哲学を継承しつつも独自の理論を展開している。
さて、プロティノスは、プラトンと同様に魂は死後も存続する立場を採っていたが、「魂の究極的な目的は"万物の根源である絶対的なもの"との
合一である」とし、これこそが、あらゆる人間の至上なる幸福であるとした。プロティノスは、この万物の根源である絶対的なものを"to hen"(一、一
者)あるいは"to proton"(第一者)であるとし、彼はこれを"to Agathon"(善)と呼んだのだ。
即ち、この世界には、実に多様な存在物がある。しかし、そうした「多」の根源をなす大もとの存在は「一」である。例えば、個人は、個人として
”ひとまとまりの統一性”を持ち、今、使っている机も、机として”ひとまとまりの統一性”を持って存在している。したがって、すべての存在物は、そ
うした統一性が崩壊してしまうと、それ自体がその存在性を意味する存在物としては維持することが不可能となる。
これを簡単に言えば、この世の存在物は、その統一性が崩れると、分解し、消滅してしまうということだ。なぜならば、事物の存在の原理は、
「一」あるいは「一者」であるからである。
一者から多なる万物が生じる構造について、彼は、多なる万物はこの大もとの「一者」から流出した産物であると説く。一者は、完全無欠な存在
であり、完全なものは"産出的"であり、多の存在物を生み出す必然性を有している。一者からの流出は、一者自身の意志によるものではなく、極
めて自然的、必然的に生じるものであり、その流出は、単なる時間的な働きとして認識できるのではなく、"超時間的"、"超永久的"な働きであ
る。
しかし、一者からの流出も、一者から離れていくに従って徐々にその"完全無欠性"を失う。そして、やがて、存在の欠如としての非存在になって
いく。
プロティノスは、こうした流失のプロセスを、三つの段階に分類した。即ち、一者から最初に流失し、一者に最も近いものは
@"nous"(知性、英知)
であり、次に流出するものは
A"psyche"(魂)
であり、最後に位置するのが存在の欠如である
B"hyle"(質料)
である。
nousは、一者から最初に流出するものである。これは、太陽が不動のまま周囲に円光を放射するように、一者から最初に流出される。それ故、
nousは「一者から最も近くに在る存在」とされ、一者の似姿として一者の特徴を最も多く備えている。これは、一者自身は「知性」であるということで
はなく、一者が外から一者自身を見て思惟することを通して成立するのであり、そうした"見る作用"がnousそのものということを意味している。
このようなnousの思惟作用と共に、
「思惟するもの」と「思惟されるもの」、
「見るもの」と「見られるもの」
という区別が発生することによって、根源である「一」から「多」が成立する。そして、nousは、今度はpsyche(魂)を生み出す。一者が"自身の完全
性"のゆえにnousを誕生させたように、nousも同様にpsycheを誕生させることになる。
psycheは、知性的世界のイデアを観照することで、hyleにおいて感覚的な事物を成立させ、この世界を形成する。即ち、psycheがこの世界を照ら
す前は、この世界は単なる土や水だけの世界であり、それはhyleだけの暗闇の世界である。psycheは、感覚的世界を形成・統括しているわけで
あるが、この感覚的世界の根源的素材はhyleである。
hyleは一者から流出した再末端であり、太陽の光が最後には闇に終わるように、hyleも光の欠如であり、無規定なものである。したがって、hyle
は、この感覚的世界におけるすべての"悪"と"不完全"の原因として捉えることができる。
プロティノスのセオリーにおいては、いわゆる「悪」は"善の完全な欠如"であるが、我々人間も、例外なく一者から流出することによって誕生して
おり、nous, psyche, hyleのすべてを備えた存在として、既に述べた三つのプロセスに関わっていると解される。しかし、人間はあくまでその本源を
一者に持つものでるから、人間は、究極的には一者に帰ること、即ち、「一者と合一すること」を"生きる目的"としなければならない。
人間の「魂」(psyche)が、「肉体的・物質的なもの」(hyle)から離れ、「純粋な知性」(nous)となり、さらに知性も超越して一者と一つになるその瞬
間、そこに究極の「善」(to hen)、つまり至福の世界に到達することができるのである。
これを式で表すと以下のようになる。
<hyleである人間の発祥のプロセス> = to hen ⇒ nous ⇒ psyche ⇒ hyle
<死後における究極的な目的地> = hyle ⇒ psyche ⇒ nous ⇒ to hen
この式でも理解できるように、人間の根源はto henであり、死後において至上の幸福に至るためには、結局、最高善であるto henに戻ることが
必要とされる。
つまり、魂が禁欲的な生活をすることで自己を浄化し、質料的なものから離脱し、純粋な知性となり、最後には知性を超越して完全に無刑相なも
のとなる瞬間、一者と合一になることが可能となるのだ。そして、この状態になると、人間は「没我」(ekstasis)の状態となり、自己自身を忘れるば
かりではなく、言語を忘れ、思考も停止することになる。
注)
プロティノスは、エジプト人で、現在のアシュートで生まれたとされている。28歳になると、アレクサンドレイアでアンモニオス・サッカス
(Ammonios Sakkas)の下で11年のあいだ哲学を学んだ。40歳になると、ローマで私塾を開設した。当時のローマ教・ガリエヌスは、哲学者として
のプロティノスを尊敬していたと伝えられている。
彼の著作は、弟子のポルピュリオス(Porphyrios)が編集した『エンネアデス』の中に収められている。
心を落ち着けて深く考えてみると、自分の何かが変わる
・・・パスカルの『パンセ』を手掛かりに
人間が生きることは、悩み、そして考えることである。だが、一言で「考える」といっても実に漠然としており、「いったい何を考えたらよいか」と戸
惑う人もいるに違いない。
思うに、最初からいきなり背伸びをして、「人間の本性とは何か」とか「カントの観念論哲学の本質は何か」というような難しい問題を考える必要性
はない。したがって、
@まずは自分の身の回りの問題について考えることからスタートし、
A少しずつより本質的な問題について取り組み、
B無理なくそれについて思索する、
というプロセスを踏むことが、地に足の着いた思索活動をする秘訣といえる。
ところで、人間が考える重要性を説き、「考える行為にこそ"人間の尊厳"がある」と主張したフランスの哲学者・科学者・宗教家として名を馳せた
パスカル(Blaise Pascal, 1623-1662)(1)は、著書『パンセ』(Pensees)において以下のような言葉を述べている。
「人間は一茎の葦にすぎない。自然のうちでもっとも弱いものである。だが、それは考える葦である。かれをおしつぶすには、全宇宙が武装する
にはおよばない。ひと吹きの蒸気、ひとしずくの水が、かれを殺すのに十分である。しかし、宇宙がかれをおしつぶしても、人間はかれを殺すも
のよりもいっそう高貴であろう。なぜなら、かれは自分の死ぬことと、宇宙がかれを超えていることとを知っているが、宇宙はそれらのことを何も
知らないからである。
そうだとすれば、われわれのあらゆる尊厳は、思考のうちにある。われわれが立ち上がらなければならないのは、そこからであって、われわ
れが満たすことのできない空間や時間からではない。だから、よく考えるようにつとめよう。これこそ道徳の本源である。」(2)
これは、パスカルが述べた有名な一節であるが、ここで彼は、「人間の思考の偉大さ」を強調している。確かに、人間は"一茎の葦"にすぎない
が、それは「考える葦」である。このように「考える行為にこそ『人間の尊厳』がある」としたパスカルのセオリーは、21世紀社会を生きる我々にも十
分にアプライが可能である。
即ち、宇宙は広大である一方、人間は非常に弱い一茎の葦である。しかし、宇宙は自ら何かを問い、考えることはできない。何かを問い、考える
ことができるのは人間のみである。それ故、「人間は"考えることによって"宇宙をも呑める存在」なのである。
「人間が考える」というダイナミズムは、このような「宇宙をも呑める」という考え方から求められるわけであるが、意外にも、現代人はこの思索に
おけるダイナミズムを味わうことなく毎日を過ごしている。
既に述べたように、考える対象物は、実に人それぞれである。生きることは考えることであるから、生きている以上は、常に何かについて考えて
いる。だから、その思索についての中身は、「今晩の夕食は何にしようか」という問題であっても、「明日は彼女とどこでデートするか」という問題で
あってもよいわけだ。
重要なことは、何を考えるにしても、「考える」という行為についてのダイナミズムを味わい、
「考えることによって宇宙をも呑める」
という無限のポテンシャリティーを深く認識することなのである。
そこで今、提案したいことがある。あなた自身もパスカルになりきって、「私は考えている。考えているからこそ『尊厳』を持った動物なのだ」という
認識を持ち、"哲学する人間"として思索の旅に出てみてはどうであろうか。
注)
(1) パスカルは、中部フランスのクレルモンに生まれた。父は税務関係の行政官として生計を立てていたが、また、素人の科学者であった。パ
スカル自身は、学校には通うことなく、父の下で自由な教育を受けた。16歳になると、『円錐(えんすい)曲線論』を発表する。パスカルは熱
心なキリスト教信者であり、自身がカトリック信者でありながらも、31歳になると、権威主義を否定するポール・ロワイヤル修道院に入り、禁
欲生活を送って思索に専心した。パスカルは、哲学の基本理念の形成に関与しつつも、一方では、哲学の限界について鋭い言及を行った
人物である。「哲学を嘲うことこそ真に哲学することである」というパスカルの言葉は、彼の"逆説的論者ぶり"を物語っているといえる。主な
著作は、『パンセ』『プロヴァンシアル』『真空論序言』など。
(2) パスカル著、由木康(訳)『パンセ』、第6編「思考の尊厳」347、白水社、142頁参照。
「思索」から「癒し」へ
・・・ジョヴァンニ・ピコ・デッラ・ミランドラの『人間の尊厳について』を手掛かりに
日本では、どこの都市へ行っても、ネオンや雑音が交錯しています。西洋文明社会の諸都市と違い、日本の都市は、人間が住みやすい街の外
観をつくることよりも"過剰な商業主義"が先行し、街の至る所で商品やサービスの宣伝が行われています。
我々日本人は、そんな街を毎日歩いていると、いつの間にか本来の自分自身を忘れ去り、街のネオンや雑音に心が奪われることもしばしばあり
ます。ギラギラと、あるいはガヤガヤとした街の雰囲気の中で人々は我を忘れ、本来の自分として、「人生いかに生きるべきか」という人間として最
も根本的な問題についてじっくりと考えようとしない傾向に陥ります。そうなると、たいていの人は深い思索をすることなしに「目に見えるもの」「耳で
聴こえるもの」に身を任せて毎日を生き、次第にそれに溺れ、自分自身をしっかりと持たなくなっていきます。
自分自身をしっかりと持たない、即ち、「自分自身の理性でものを考えようとしない」、これこそが心の中にある種の疲労感をつくる原因となり、ス
トレスが溜まる源となるのです。「ストレス社会」といわれているこの日本は、ある意味で、"思索不在社会"と解することもできるのではないでしょう
か。
ルネサンス期イタリアの哲学者・人文主義者であるジョヴァンニ・ピコ・デッラ・ミランドラ(1463-1494)は、著書『人間の尊厳について』において以
下のように述べています。
「人間が生まれるとき、父は、彼にあらゆる種類の種子とあらゆる種類の生命の芽を挿入しました。それぞれの人間が育むものは、成長してそ
れぞれの人間の中に自分の果実を産み出すでしょう。(1)もし植物的なもの(vegetalia)を育むならば、その人は植物になるでしょう。(2)もし感
覚的なもの(sensualia)を育むならば、獣のようになるでしょう。(3)もし理性的なもの(rationalia)を育むならば、天界の生きもの(caeleste animal)
になるでしょう。(4)もし知性的なもの(intellectualia)を育むならば、天使、ないしは、神の子になるでしょう。そして、(5)もし彼が、もろもろの被
造物のいかなる身分にも満足せずに、自らの"一性"(unitas)の中心へと自ら引きこもるならば、彼の霊(spiritus)は神と一つになり、万物を越え
たところにおられる父の「孤独な闇」(solitalia caligo)に置かれて、万物の上に立つものとなるでしょう。」(ジョヴァンニ・ピコ・デッラ・ミランドラ著、
大出哲・阿部包・伊藤博明訳、『人間の尊厳について』、国文社、17-18頁参照)
ピコは、著書『人間の尊厳について』において一体何を言いたかったかというと、すべての人間には、いわゆる「自由意志」が賦与されているとい
うことです。自分自身を一体どのようにするか、即ち、「"神から与えられた理性"によって人間がどのように思索するかは、個々の人間の"自由意
志"に委ねられている」ということをピコは言いたかったのです。
今、あなたはどう感じますか。毎日の生活の中でどのようなネオンや雑音があろうとも、あなた自身さえ、考える能力である「理性」を駆使してしっ
かりと思索すれば、あなた自身を見失うことはないのではないでしょうか。
"理性的存在者"である我々人間は、「思索」を通して自分を見つめることができ、自分を見つめることで、自分の心の奥底にある何かが癒される
のです。まさに、思索することこそが「本来の癒し」へと導いてくれるのです。
自己の確立と心の中の癒し
・・・デカルトの「良識」(bon sens)を手掛かりに
近代哲学の父といわれているフランスの哲学者、ルネ・デカルト(Rene Descartes, 1596-1650)は、著書『方法叙説』(Discours de la methode)の
冒頭において、「良識はこの世でもっとも公平に分配されたものだ」と述べました。デカルトが述べる、この「良識」(bon sens)とは、しっかりと判断
し、真なるものと偽なるものを識別する能力を指すわけですが、別の言葉で言うならば、これを「理性」とも言うことができるでしょう。
人間の心は、"日々の生活における満足感"を通して満たされ、そして癒されます。人間は心の中で、「今の自分は一体どうしたらよいのだろう」
とか、「どんなに努力しても報われない。だったら最初から無難に生きていけばよいのではないだろうか」と考えることがあります。
世の中には、実に様々な人間が存在しています。例えば、(1)「複雑な人間関係で悩む人」、(2)「仕事でどんなに努力しても、思うように事が
進まない人」、(3)「毎日、他者とより良いコミュニケーションを図るために相当なエネルギーを注いでいるにもかかわらず、あちらこちらで自分の悪
い噂を耳にする人」など、私たち人間は、日々、様々な問題を抱えて生きています。
程度の差こそありますが、職業、社会的地位、財産などにかかわりなく、人間は皆、何らかの悩みを抱えて生きているものです。では、そうした
生きる上での悩みを解決する上で一体何が必要なのでしょうか。それは、先に述べた「良識」、即ち、「理性」であるといえます。
人間は皆、多種多様な悩みを抱えていますが、それは決して人間一人ひとりが備えている「理性」の能力に格差があるからではありません。
デカルトが述べるように、理性はどんな人間にも平等に配分されています。そして、今、私たちが深く認識すべきことは、「人間は、正しく理性を使う
方法についてしっかりと認識していない」という事実なのです。
今こそ、あなたは目を閉じて、"考える能力"である「理性」の存在について、じっくりと見つめ直してはいかがでしょうか。正しく理性を使って思索
すれば、毎日、あなた自身が一体どのように生きていくべきなのか自ずとわかるようになるでしょう。
今日から"デカルト的良識"、即ち、「理性」を使って自分自身を見つめてみましょう。人間は、そうすることで確固たる「自己」を確立することがで
き、その自己の確立が「癒し」への道となるのです。
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