生井利幸事務所は、広く一般の読者の皆様方に、「抹茶と思索の時間」をご提供しております。この活動において
は、心を落ち着けてじっくりと自分の生き方・人生について考えてみたいと願っている方を対象として、作家・生井利
幸の書斎を一般公開し、抹茶と思索をお楽しみいただいております。


「書斎で体験する”抹茶”を介した思索」は、次のような過程で行われます。

1 和菓子と薄茶
まずはじめに、静寂の雰囲気が漂う書斎において和菓子をお召し上がりいただきます。この間は、生井利幸が薄茶
をお点てします。

後に、薄茶をお出しします。和菓子と薄茶をご堪能いただき、心を落ち着けてじっくりと思索を試みてください。この時
間は、静かに思索を試みていただきます。日常生活における雑念から離れて、静寂の雰囲気の中でじっくりと思索を
試みてください。


2 濃茶
次に、濃茶をお点てします。味わい深い濃茶の渋味をご堪能いただき、抹茶の無限なる世界にお入りください。日本
文化の発展に多大な影響を及ぼした茶道家・千利休の茶室で重んじられた「気高い心」「優雅な心」を基盤として、じ
っくりと、深遠なる抹茶の苦味をお楽しみください。静寂の世界で味わう抹茶の苦味は、ご訪問者の心を、深い思索
の旅へと導いてくれます。


3 お話
茶道が重んじる心得は、「一期一会」でございます。人とのご縁・出会いの尊さ、日々、一秒一秒を刻む尊さを心で
感じながら、心温まるお話をしたいと存じます。わたくし生井利幸は、この”抹茶を介した思索”を、ご訪問者にとりま
して「人生最高の一時」となるよう真心を込めておもてなしをさせていただきます。











■お申し込み
「書斎で体験する”抹茶”を介した思索」をご希望の方は、メー
ルでアポイントメントをお取りください。ご訪問は、スケジュール
に空きがあれば、平日・週末共に可能でござます。

[お申し込みはこちら]
 toshi@toshiyukinamai.com

■料金: 無料 (費用は一切かかりません。)

■所在地
  生井利幸事務所 銀座書斎
  東京都中央区銀座1-19-10 綱ビル101 地図
  phone: 03-3567-7303・・fax: 03-3567-7303




訪問のアポイントメントをお取りになる前に必ずお読みください。

1) ご訪問は、基本的に一般の読者の皆様方を対象としております。「書斎で体験する”抹茶”を介した思索」は、当事務所が社会に対する「奉
  仕の精神」を基盤として、一切無料で社会貢献活動の一環として行っているものです。この点におきまして、この活動は、一般の営利目的の
  飲食店のような趣旨で行っているものではないことをご理解いただきたくお願い申し上げます。

2) 当書斎にご訪問の際におきましては、茶道の基礎知識はまったく必要ありません。「書斎で体験する”抹茶”を介した思索」は、茶道家のた
  めの”茶会”ではございません。一般の読者の皆様方に対して、「思索の場」を提供するものでございます。したがいまして、ご訪問の際に  
  は、ご自身のお好きな方法でお召し上がりいただき、ゆったりとした気持ちで思索をすることができます。










茶道は、来客をもてなす際における茶の入れ方・飲み方における伝統的な作法を指し、
「茶の湯」とも呼ばれています。

茶道は、室町時代に村田珠光(1423-1502)を祖として始まったものです。その後、時は
安土桃山時代。幼少時代から茶の湯の名人・竹野紹鴎(1502-1555)の下で侘茶を学ん
だ豪商・千利休(1522-1591)は、仏教の禅の精神を取り入れ、侘・寂の概念、一期一会
の心得を基盤として茶道を完成させました。千利休は、織田信長や豊臣秀吉の茶頭を務
め、当時の日本の精神文化に多大な影響を与えた人物として知られています。

茶道の心得である一期一会は、「一生にたった一度の出会い」という意味であり、この心
得には、茶道において客を迎える際には、「人生最高の一時として心を込めて客をもてな
す」という精神がそこにあります。この言葉は、千利休の高弟・山上宗二(1544-1590)が
著した『山上宗二記』に記されている千利休の言葉・「一期に一度」に由来するもので
す。

「一期」は一生の意味であり、茶会は二度と繰り返されることのない「一生に一度の出会
いである」という亭主と客の心の持ち方を意味しています。現在の一期一会という言葉
は、江戸時代後期において、井伊直弼が著書 『茶湯一会集』において「一期一会」と表
現したことに由来するものです。

茶会を開くとき、客を迎える主人は、床の間の掛け軸、花、茶碗など、客人をもてなすた
めの道具を時間をかけて準備します。

茶の道を極めたいと願う者は、茶器の扱い方について、厳粛な心構えを持って、頗る丁
寧に学ぶことが求められます。そして、茶会においては、茶器や作法ばかりにとらわれる
だけでなく、迎える一瞬一瞬において、「気高い心」「優雅な心」を持ち続けることが重要
となります。

千利休の時代、即ち、安土桃山時代においては、どんなに高位の武士であっても、茶室
に入るときには、外に、刀と身分を置き、「厳粛、且つ、平穏な心の持ち方」で”質素の限
りを尽くした茶室”に入ることが重んじられました。

茶室においては、茶をいただく者がどんな身分なのかということは一切関係ありません。
茶室は、質素極まりない侘・寂の静寂の空間であり、心と心で会話する優雅な空間で
す。千利休は、この静寂の空間における人と人との交流こそが、真の意味での「気高さ」
「優雅さ」を齎すものと考えていました。


・・・千利休  作:長谷川等伯





■ご参考



この”今”を楽しむ
・・・仏教の禅宗における「無常観」の境地から
生井利幸・・・・

 この世におけるすべての存在物は、生まれ、変化し、消滅します。このような考え方を「諸行無常」といいますが、これは、生滅変化する
仏教・禅宗の基本認識として古くから日本人の精神の一つとして人々から愛されてきたものです。禅は、禅那(ぜんな)・禅定(ぜんじょう)
の略であり、言うなれば「静慮」の意です。古くは、6世紀初頭にインドの菩提達磨(ぼだいだるま)が中国に来て以来、坐禅によって釈迦
の菩提樹の下での悟りと同じ悟りを開こうとする新しい宗派がおこり、それが禅宗と呼ばれるようになったものです。

 日本では、天台の僧、栄西(1141-1215)が日本に伝えたのが禅宗の始まりといえるでしょう。栄西は、比叡山で天台密教を学んだ後、2
度ほど宋(中国)に渡り、1191年に臨済禅を伝えた人物です。栄西は、決して天台宗などの旧仏教を否定したわけではありませんが、
比叡山は禅の重視に反対する立場をとりました。栄西は、後に、鎌倉将軍家の援助により、寿福寺(京都)や建仁寺(鎌倉)を建て、臨済
禅の普及に努めました。栄西の主著『興禅護国論』は、天台宗による非難を批判し、当時の日本に禅法が必要な理由を論じたものです。

 栄西の弟子・道元(1200-1253)は、栄西と同じように宋に渡り、厳しい禅の修業を経験して帰国し曹洞宗をおこしました。道元は、強靭
な信念を貫いた人物として知られていますが、ここでは、自己を捨て慈悲を重んじる道元の徳風を知る面白い逸話を紹介したいと思いま
す。

 それは、道元が48歳の時、当時の執権、北条時頼の招待を受け、関東で人々に仏道を説い
た時のことです。

 道元は、説法の役目を終え越前国(福井県)の永平寺に帰ると、弟子の玄明が、時頼から永
平寺に3000石の土地を寄付する「お墨付き」を預かってきて、嬉しそうにそれを道元に差し出し
ました。すると、道元はそれを見たとたん、「わしは財や名声のために真理を説いているわけで
はない」と怒鳴りつけ、玄明から僧衣を剥いで永平寺から追い出したというのです。

 今、現代に生きる私たちは、この逸話から、道元がいかに自力による救済を追及し、代償を求めない人間愛を自らの手で実践していた
かということをうかがい知ることができます。

 禅宗における無常観を簡単に述べると、「この世には完全無欠、あるいは絶対不変なものはない」ということです。私たちの体を考えても
わかりますが、人間の体の中では、短時間の間に多くの細胞が滅び、その一方では、多くの新しい細胞が生まれ新陳代謝を繰り返して
います。そして、人間の固体も、時が来れば必ず「死」に至るのです。人間が人間である以上、誰一人として永遠に行き続けることはでき
ません。他の動物ももちろんのこと、机、椅子、車、家はもとより、大自然も、決して永遠に存在することはできません。

 私たち人間は、永遠でない生命の賦与を受け、「限りある人生を生きる」という宿命を背負って生きています。「生命は決して永遠でな
い」、このように捉える私は今、「やってくる一瞬一瞬を頗る大らかに迎え、そして、自分にとって良いことも悪いことも存分に楽しんでしまお
う」と考えています。

生井利幸著 「人生に哲学をひとつまみ」(はまの出版)、p134-135参照






気高き朝

生井利幸・・・・

徹夜して迎える朝
起床して迎える朝

同じ朝でも、
その意味合いは、かなり違う

徹夜して迎える朝は、深い
確かに深いが、どんよりとしている

起床して迎える朝は、その時に始まったばかりの朝
思索は始まったばかりだが、そこに漂う気配は極めて新鮮である
そして、そこで味わう苦味は、頗る引き立つ

苦味は、この世のすべての存在物のはかなさを教えてくれる
そして同時に、舌で味わう苦味は、
次第に、全身で味わう”気高い喜び”に変わっていく

その気高い喜びは、
その日の時間的空間を、”何よりもまさる優雅な世界”にしてくれる

朝は、一日の始まり
朝をどう迎えるかは人によって違う

私は、
気高く、優雅な朝を好む








東洋と西洋における理性の偉大さと悲惨さ

生井利幸・・・・

黒には不思議な力がある
黒茶碗で嗜む抹茶の深みの偉大さ

東洋では、
その偉大な深みの中に、
無限の宇宙を臨むことができる

黒は、”理性的質素の極み”を表現するための究極の色

茶人・山上宗二の頑固さは、
黒の美意識の中で、
”東洋における理性の偉大さと悲惨さ”を力強く表現した

東洋の山上宗二が没してから80年後、
西洋では、哲学者・パスカルの”パンセ”が発表された

当時の西洋人は、
そこで初めて、
活字で、理性の偉大さと悲惨さについて触れた
さらに、哲学詩をお読みになりたい方は、
こちらをご覧ください。