読み物カテゴリ: ‘哲学への招待’
138億年前の宇宙の誕生、46億年前の地球の誕生、そして、「人類の出現」を視野に入れ、「”微生物”(microbe)としての人間」を哲学する
現在の宇宙物理学において、ビッグバン(big bang)による「宇宙の誕生」は138億年前と推定される。地球の誕生は、46億年前と推定。そして、この地球の歴史において「人類」(humankind)が”独自の進化”に入ったのは今から約800万年から500万年前である。
人類学・考古学における研究では、最古の人類は「猿人」、これは即ち、エチオピアで発見されたラミダス猿人(Australopithecus ramidus)を指す。後に発見されたアウストラロピテクス=アファレンシス(Australopithecus aphalensis)もエチオピアで発見された。
その後、更新世(約170万年~1万年前)に入るころに「原人」、即ち、ホモ=エレクトス(Homo erectus)がアフリカに出現した。原人の脳の容積は、猿人の2倍(1,000ccほどの容積)であった。その後、原人は、「旧人」、ホモ=サピエンス=ネアンデルターレンシス(Homo sapiens neanderthalensis、通称、ネアンデルタール人と呼ばれる)へと進化した。ネアンデルタール人は、12万年前から3万5000年前において、ヨーロッパから中央アジアに至るまで広域にわたって存在した。ネアンデルタール人の脳の容積は1,300~1,600ccほどであり、この容積は、現代の人類とほぼ同等であった。
約6万から5万年前には、人類最初の「新人」(新生人類)、いわゆるホモ=サピエンス=サピエンス(Homo sapiens sapiens)が出現した。この時点で、新人の骨格や顔の形は、現代の人間とほぼ同等のものとなった。新人が使用する「石器の技術」は、少しずつ進化し、人類は後期旧石器時代に入った。その後、やがて集落が生まれ、少しずつ、世界の至る所に文明が開化した。紀元後の2023年に生きる我々現代人は、この超・原始的集落を、「原始的人間社会の起源」(the origin of primitive human society)と捉えることができよう。
現代を生きる日本人の一人ひとりは、46億年前の地球の誕生、さらには、138億年前のビッグバンまで遡って「人間存在」(the existence of human beings)について深い思索を試みたとき、今現在、太陽系の中に浮かぶ惑星の一つであるこの地球の「小さな島国に生息する『自分自身』」の存在について、「実に取るに足りない『微小極まりない点』以下の”微生物”(microbe)である」という真実を捉えることができる。
言うまでもなく、人間は、地球を覆う大気圏(the atmosphere)の外に出てしまうと、単独で生きていくことができない存在者である。今ここで、「自分自身が、何らかの理由で大気圏の外に出てしまったら一体どうなるのか」ということを想像すると、いわゆる「人間存在の弱さ・儚さ」について自ずと認識・理解できよう。
一人ひとりの人間が、最も地に足の着いた方法で「人間存在の真実」について捉えるとき、明日からというよりも、「今日の今現在から、『人生、いかに生きるべきか』」という如き”人間としての根本問題”について哲学する確かな道筋が見えてくるに違いない。
大気圏(the atmosphere)の存在の意味
すべての人間には、「理性」(reason)が賦与されています。私たち人間は、日々、この「理性」を使って様々な事物・問題について考え、妥当な判断をし、そして、行動しています。本稿では、地球を覆う「大気圏」(the atmosphere)の存在を大前提として、「人間は、宇宙に浮かぶ一個の惑星の中に生息している存在者である」、そして、「人間は、地球という惑星の“大気圏内”でないと生息できない存在者である」という真実について考えてみましょう。
「大気圏」とは、言うまでもなく、地球の周りを囲む気体の総体を指します。大気圏には、空気の5分の4を占める窒素(nitrogen)、空気の5分の1を占める酸素(oxygen)、その他、微量ではあるが、水素、アルゴン、二酸化炭素、オゾン、ヘリウム等が含まれています。
体積としての空気の比率は、窒素4(78.10%)・酸素1(20.93%)の割合です。この比率は、地上から高度80km付近までほとんど変わりません。言うまでもなく、大気圏は、太陽の放射線から地球上の植物・生物を守り、同時に、地球表面の温度を(植物・生物等にとって)“適切温度”にする役割を果たしています。私たち人間において最も重要な認識事項の一つは、一事が万事において、「人間はこの大気圏の中に生息している」という“周知の事実”です。
前述の、「大気圏の中に生息している」とは、表現を換えると、「人間という動物は、『大気圏』(the atmosphere)という保護圏域において、理性的存在者として、“自らの意思で”一秒一秒呼吸している」という様相・有様を意味します。宇宙空間に存在する「地球」「人間」について以上のような捉え方を思索の基盤とし、今再び、「人間に賦与された理性」(reason given)について捉え直してみると、「人間存在に関する問題に内在する本質」について探究するための道のりを歩むことができます。
Your life would be more beautiful, if you free yourself from the bondage.
英語音声講義
⇒ Your life would be more beautiful, if you free yourself from the bondage.(英語音声講義)
Nothing deriving from nothing has an essential meaning.
英語音声講義
⇒ Nothing deriving from nothing has an essential meaning.(英語音声講義)
Unwise people require a lot of words to know the truth.
英語音声講義
⇒ Unwise people require a lot of words to know the truth.(英語音声講義)
<考えるヒント>
賢者は、「一言」を聞いただけで物事を達観する。その一方、愚か者は、どのように多くの案内・説明を与えられても、永遠に「真実」「真理」を知ることはない。”A word is enough to the wise.”(賢者は、一言で十分)。
Delinquency is very perilous for the rest of your life.
英語音声講義
⇒ Delinquency is very perilous for the rest of your life.(英語音声講義)
Convergent law
Law of convergence is absolutely abstruse to grasp as for a deluge of people in the societies all over the world. You are really required to go through various philosophical experiences to systematically grasp this logic, namely, “convergent law.”
Hence, I simply lecture upon this abstruse logic for your better understanding this time.
英語音声講義
The two different ways to interpret science comprehensively
英語音声講義
⇒ The two different ways to interpret science comprehensively(英語音声講義)
Prerequisite for the sake of rational logicality Ⅰ
英語音声講義
⇒ Prerequisite for the sake of rational logicality Ⅰ(英語音声講義)
There is nothing enigmatic in the occurrence.
英語音声講義
⇒ There is nothing enigmatic in the occurrence.(英語音声講義)
Some hints for the sake of your fruitful thinking
We human beings experience a deluge of unexpected occurrences every day every night in our life. Usually we are not sure what kind of experience we have next.
Absolutely, nobody knows about the future. But, regarding the occurrences, there are some methods to sysytematically deduce the reasons why they occurred as the “reality.” In most of the actual cases in our daily life, there is nothing enigmatic in the occurrences we experience.
There is a “certain reason” why something concrete happens all of a sudden. There is nothing mysterious in the matter we substantially experience. Where there is a “fact,” there is a “certain reason” for that.
A fact is a fact. There is nothing enigmatic in it. There is no labyrinthine enigma in the matter (fact) you experience.


