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時折、”猫に小判”と言われる人は、実は、学習環境に恵まれた人である。
2013年8月27日



明日の24時間よりも、”今現在の一秒一秒”をどう生きるかがより重要である。

2013年8月23日


やるもやらないも、すべては自分次第。
2013年8月18日


血縁関係のない他人における幸福具現のために汗を流して初めて、人間は、”無償の愛”の意味を悟ることができる。
2013年8月16日


”耳学問”とは、実は、かなり贅沢な学問である。
2013年8月12日


伝えるべき相手に伝えるべきことを伝えないという事実は、”嘘をついている”ということと同じである。
2013年8月4日


先を見すぎると、かえって見えなくなることがある。
2013年8月1日


敬語法の使い方は、使う本人の教養を露呈する。
2013年7月29日


環境は、人間を良くも悪くもする。
2013年7月20日


明日よりも今日。今日よりも”今現在”である。
2013年7月15日


簡単だと思うその有様は、実は、”何も知らない”ということだ。
2013年7月11日


人は概して、他人の足元を良く見るが、その反面、自分の足元をしっかりと見ようとはしない。
2013年6月23日


言葉は本来、他者に喜び・幸せを与えるためにあるものだ。
2013年6月23日


危険は、常に目の前にある。
2013年6月20日


”まだ大丈夫”と思うその有様には、そう思う本人の心の中に、心の隙と傲慢さが潜んでいる。
2013年6月11日


能力それ自体よりも、”継続”こそが威力を発揮し、形あるものに変えていく。
2013年6月7日


失敗そのものよりも、失敗を恐れて何もしないことのほうにより恐怖を感じる。
2013年5月29日


自分に心があっても、相手に心がなければ、お互いに通じ合うことはない。
2013年5月24日


真実を認める勇気があれば、どのような困難も困難でなくなる。
2013年5月19日


転ぶと痛いのには”訳”がある。
2013年5月16日


仕事の安定は”心の安定”に依拠するものだ。
2013年5月11日


敬語法の使い方で、相手の教養がわかる。
2013年5月7日


永劫回帰の概念について腹で哲学すると、”人間存在の根本”について触れることができる。
2013年5月2日


平和が齎す無償の安心感の中に、巨大な怠惰が生まれる。
2013年4月26日


賢者は、日々の生活の中から”思索の材料”を探し出す。
2013年4月22日


他人が見ていない時の時間の過ごし方にこそ、個人の真の品格が表現される。
2013年4月18日


心の中にこそ、真の意味での自由が存している。
2013年4月15日


好機とは、何か特別な機会に生じるものではなく、通常時、即ち、日々の生活において生じるものだ。
2013年4月9日


伝家の宝刀は、使わないからこそ価値がある。
2013年4月7日


世の中には、”10年”という歳月が経たなければ理解できない道理もある。
2013年4月5日


多くを行う勇気よりも、一つに絞り一つだけを行う勇気のほうが、より高貴な勇気である。
2013年4月1日


死を哲学すると、生における一秒の価値がわかってくる。
2013年3月30日


人間の感情は、ほんの一瞬で変わる。
2013年3月29日


手放しで安心感に浸っている時こそ、実は、最も危険な時間的空間である。
2013年3月24日


人は皆、一生涯、過程の中で生き続ける。
2013年3月20日


心で仕事をすると、”心存在の仕事”を成し遂げられる。
2013年3月13日


カントを知ることなく、人類史におけるニーチェの存在価値を認識することはできない。
2013年3月8日


理性的存在者は、快ではなく、”痛み”を重ねながら自分を磨き抜く存在者である。
2013年3月3日


真実について問い質す必要はない。なぜならば、真実という代物は、遅かれ早かれ、自ら表に出てくるものだから。
2013年2月26日


危機に直面していない時に抱く安心感の中にこそ、人生最大の危機が潜んでいる。
2013年2月19日


加減の調整には、個人の人生経験と品格が直接反映する。
2013年2月13日


結果を恐れるよりも、まずはやってみることだ。
2013年2月8日


明日の十人よりも、今現在の一人。
2013年2月5日


理想郷と現実の狭間は、深遠なる思索のための原動力となるものだ。
2013年1月31日


今日できることを今日のうちにすると明日が変わる。
2013年1月28日


一つの結果は、実は、過程の一部である。
2013年1月21日


生きるだけでなく、生き抜いてみよう。
2013年1月17日


待っているだけでは何も始まらない。
2013年1月11日


体は、本来、休むためにあるのではなく、使うためにあるものだ。
2013年1月8日


目の前の現実から逃げるか、それとも闘うかで、全く違う明日を迎えることができる。
2013年1月3日


本日も、この美しい青空が見れることに大きな喜びを感じる。
2013年1月2日


これが最期と思って生きる一日に、生に対する至上の喜びを感じるものだ。
2012年12月27日


助言の価値は、それが与えられなくなった時に初めてわかるものだ。
2012年12月23日


凝りに凝った美辞麗句よりも、”優しさを感じさせる簡素な言葉”が他人の心を掴む。
2012年12月18日


温かい心で生きている人は、目の輝きが違う。
2012年12月13日


人は大抵、自分が最も大きな困難を背負っていると思いながら毎日を生きている。
2012年12月4日


魂が喜んでいる人の声ほど、すこぶる通る声はない。
2012年11月28日


言うよりも、言わせるほうが難しい。
2012年11月27日


人間は、たとえ成功しても、何らかの後悔の念を持つ。
2012年11月24日


良いことも悪いことも、その発端は自分にあると思って間違いない。
2012年11月20日


心には心で応えたいものだ。
2012年11月15日


人はそれぞれ、感じ方が違う。
2012年11月10日


元気さで勝負できる人は強い。
2012年11月5日


明日を迎えることができたならば、明日もまた”今日”である。
2012年10月30日


今日の幸せは、今日のうちに味わっておこう。
2012年10月25日


痛みにこそ、絶好の学びの機会が存している。
2012年10月18日


人間の限界について述べるならば、人間は、実は、自ら、その範囲を狭めてしまっているということだ。
2012年10月12日


一秒の価値を知ることなく、人間の一生における時間の価値を知ることはない。
2012年10月9日


すべての非常事態は、そうした事態が起こる直前まで”平常”であったものだ。
2012年10月8日


簡単に他人に言える苦労話は、実のところ、大した苦労ではない。
2012年10月4日


やまない雨はない。
2012年10月1日


可能にした”不可能”は、もともと可能であったものだ。
2012年9月26日


この上ない吉日は、常に、”今日”である。
2012年9月19日


嘘をつき、苦い思いをした時の最善の解決法は、できるだけ早く相手に真実を伝えることである。
2012年9月15日


日常と非日常は紙一重である。
2012年9月11日


人は常に、何らかの後悔の念を抱くものだ。
2012年9月7日


基礎にこそ、”本質”が内在する。
2012年9月4日


いつ何時でも、心を込めて丁寧に、”ありがとうございます”と言える人間でありたいものだ。
2012年8月30日


偏屈な見栄としがらみは、自分に秘めた可能性を無にしてしまう。
2012年8月25日


”気にしない”というその意識も、気にしている有様の一形態である。
2012年8月23日


理性とは、悪い目的のためでなく、善い目的を実現するために存在するものだ。
2012年8月20日


自分の生の楽しみ方を知っている人は、自分から率先して恥をかく人である。
2012年8月14日


やるべきことをやる絶好の機会は、常に、”今”である。
2012年8月11日


毎日、妄想の中で生きている人は、その分、毎日、膨大な時間を無駄にして生きている。
2012年8月8日


常に求めてばかりいる人は、自分から他者に与える喜びを知ることはない。
2012年8月7日


人間は、意外と、自分のことを知らない。
2012年8月5日


休日に勉強しない人の”平日における勉強度”は、それを実際に見なくても察しがつく。
2012年7月29日


賢者は、時に、言わずに語る。
2012年7月24日


無の境地に存する実体こそ、”本質”そのものである。
2012年7月21日


明日ではなく今日、数時間後ではなく”今”である。
2012年7月19日


同じ相手でも、その相手と出会った場所、または、出会い方により、その印象は著しく異なるものだ。
2012年7月16日


人の心の流れは、川の水の流れと同じである。
2012年7月10日


神経質に見える人ほど、他人に対して無神経であることが多い。
2012年7月9日


週末を休憩することだけに時間を使う人は、人生の7分の2の時間を無駄にしている。
2012年7月7日


土の状態を見極めることなく種を蒔いても、芽は出てこない。
2012年7月3日


人間は皆、やがて灰になるからこそ、今現在輝くことができるのだ。
2012年6月30日


敬語法の使い方で、話し手本人の教養が露呈する。
2012年6月26日


”個性的に生きる”ということと”利己的に生きる”ということは、それぞれ異なる生き方である。
2012年6月25日


理性的に考えることができなくなった時は、まず第一に、大きく深呼吸をしてみよう。
2012年6月23日


やるか、やらないかは、常に”自分自身”が決めること。
2012年6月19日


”自分を変えたい”と思っている本日この日に自分を変えられない人は、明日になっても、いや、一生涯、自分を変えることなどできない。
2012年6月15日


鍍金は、遅かれ早かれ、自ら剥がれるものだ。
2012年6月12日


言うよりも、言わないほうが核心を突くことがある。
2012年6月11日


真実を伝えたいならば、”一言”で足りる。
2012年6月8日


賢者は、一瞬一瞬を、一つひとつの勝負どころと捉える。
2012年6月6日


今やりたいことを今やらない人は、明日になっても、一年経ってもやらない。
2012年6月4日


好機に次はない。
2012年6月1日


人は、時として、”自分は他人に支えられながら生きている”ということを忘れる。
2012年5月31日


騙されたふりをする人の心の中には、騙す人には決して知りえない温かい愛情が潜んでいる。
2012年5月28日


最も無駄な時間の使い方の一つは、非建設的に不平・不満を発するために使う時間である。
2012年5月27日


醜さを知ることなしに、美しさを知ることはできない。
2012年5月22日


人は、”気づき”の経験を積み重ねながら、少しずつ”察し”ができるようになっていく。
2012年5月16日


嫌な人と率先して話をするように試みると、さらに先へ行くための道が見えてくる。
2012年5月11日


逃げれば後退、闘えば前進。
2012年5月10日


自分が盲目である時に、自分における”盲目の愚かさ”を知ることは不可能である。
2012年5月9日


手のみで仕事をするのではなく、”心”で仕事をしてみよう。
2012年5月5日


諦めさえしなければ、好機は必ずやってくる。
2012年5月1日


賢者は、聞き上手であると同時に、”話させ上手”でもある。
2012年4月27日


どうしても欲しいものは、実際には手に入れないほうがよい。
2012年4月25日


他人の気遣いに気づく人は、自分でも毎日、他人に対して気遣いをしている人である。
2012年4月22日


多くの場合、人は、”自分がどう感じたか”で物事を判断する。
2012年4月19日


”こんな時代だから”という言葉は、実は、どんな時代においても言われている言葉である。
2012年4月17日


善意でした行為でも、それが”善”になるとは限らない。
2012年4月11日


簡単に作った友人関係は、いざとなれば、実に簡単に崩壊する。
2012年4月7日


この世の中に、色のない解釈などどこにもない。
2012年4月2日


今日するべきことを今日しない人は、明日になってもそれをすることはない。
2012年3月31日


心は、閉ざすためにあるのではなく、開くためにあるものだ。
2012年3月27日


経験は知識に勝る。
2012年3月21日


人は、長い年月を通して自分の限界に挑戦し続け、やがてその限界の極限に到達したその時、
初めて、今まで知り得なかった”より崇高な境地”を知る。
2012年3月18日


答えは、常に、自分の目の前にある。
2012年3月15日


人を変えたいならば、まず第一に、自分を変えることが必要である。
2012年3月14日


安っぽい詭弁ほど、その本人の信用性を失うものはない。
2012年3月9日


機会とは、待つものでなく、自分の力で作り出すものである。
2012年3月8日


この世で最も尊い美徳とは、どこか特別な場所にあるのではなく、日々の生活の中にあるものだ。
2012年3月4日


伝えるべき事は、やはり、伝えるべきである。
2012年3月2日


頭ではなく、”心”で人と接したら、必ず何かが変わる。
2012年2月27日


押すのは簡単であるが、引くのは意外と難しい。
2012年2月25日


聴こえる人には聴こえるが、聴こえない人には聴こえない。
2012年2月24日


熱意があっても、”誠意”がなければ、物事が順調に進むことはない。
2012年2月23日


夢は、諦めるものではなく、叶えるものである。
2012年2月21日


人生における最大の敵は、自分自身のしがらみである。
2012年2月18日


”知る”ということは、”実は知らない”という境地に辿り着くための通り道である。
2012年2月16日


落ちてこなければ、積極的に拾いに行けばよい。
2012年2月11日


相手によっては、十を言って一わかってもらうより、二を言って一わかってもらうほうがよい。
2012年2月9日


人間は、川の水の中を歩くことも立ち止まることもできるが、常に変わらないことは、”水自体は常に流れ続けている”ということだ。
2012年2月6日


固定観念としがらみの中で生きる人は”他人がどう思うか”で行動するが、
地球に存する唯一無二の”個”として生きる人は”自分がどうしたいか”で行動する。
2012年2月3日


今現在、地球のどこにいようとも、結局、自分は自分である。
2012年2月2日


素晴らしい縁を単なる偶然と捉える人は、縁を育てる方法を知らない人である。
2012年1月30日


”良心の声”と”理性の声”は違う。
2012年1月28日


簡単な道は、やがて、簡単に崩れ去る。
2012年1月25日


人間は、何かを感じた後に考える理性的存在者である。
2012年1月24日


指導者に必要とされる基本的資質とは、瞬時にして場の空気を読む直感力である。
2012年1月19日


時として、針の穴ほどの小さな油断が、致命的な大失敗を招くことがある。
2012年1月17日


やさしい事を難しく言う人は多いが、その一方、難しい事をやさしく言う人は極めて少ない。
2012年1月15日


簡単につくった人間関係ほど、実に簡単に崩壊する。
2012年1月13日


騙されたふりをすることも、一種の愛情表現である。
2012年1月9日


人間は日々、他人の心を傷つける動物である。
2012年1月7日


人は、経験を積み重ねながら、”心で感じることの大切さ”を実感するようになる。
2012年1月5日


本質を見ようとする人の面前は、常に、真っ暗闇である。
2012年1月2日


綺麗な姿・形の裏側には、相当なる汗と涙が存在している。
2011年12月30日


人間は、”生きることの素晴らしさ”を味わうために空気を吸う理性的動物である。
2011年12月29日


たとえ善意であっても、言うべきでないことは、やはり、言うべきでない。
2011年12月25日


美そのものよりも、”美徳”を重んじる存在者でありたいものだ。
2011年12月21日


理解することと理解されることは、それぞれ異なる概念である。
2011年12月17日


本日のこの日が、”人生最後の24時間”であると捉えると、明日の24時間が劇的に変わる。
2011年12月16日


素直な心が一番響く。
2011年12月14日


遠くにある本質よりも、”目の前にある本質”ほど、実際、目に入りにくい。
2011年12月13日


心の中に”輝き”がある人ほど、他人の言葉から生じる”響き”を感じ取れるものだ。
2011年12月9日


足踏みには二つある。一つは無駄な足踏み、そしてもう一つは”意味を成す足踏み”。
2011年12月6日


人は、案外、大切に思うその相手の気持ちを理解していない。
2011年12月4日


今決めたことを今実行に移すと、限りある時間を無駄にしなくてすむ。


人間は常に、一秒そして一秒と、貴重な時間を失いながら生きている。
2011年12月3日


無思索状態の人間は、知らず知らずのうちに、他人の親切や好意の面前で胡坐をかく。
2011年12月1日


簡単な人間関係は、やがて、簡単に崩壊する。
2011年11月30日


いかなるビジネスも、究極的にはすべて水物である。
2011年11月25日


苦味から味わえる甘味にこそ、深い意味での本質がそこに内在する。
2011年11月23日


賢者は、しばしば、ほんの一瞬の間に発する一言に、物事における真髄を挿入する。
2011年11月22日


何も感じることなく得た知識は、後に、頗る簡単に忘れる。
2011年11月17日


心の痛みは、手傷の痛みよりも長く続く。
2011年11月15日


心と真心は違う。
2011年11月11日


苦言を呈してくれる友こそ真の友。
2011年11月6日


美を追求するよりも、”美徳”を追求するほうが、より膨大なエネルギーを消耗する。
2011年11月1日


無心になると道が見える。
2011年10月30日


”心の旋律”で触れ合わない限り、心底、心が通じ合うことはない。
2011年10月27日


往々にして、ものの価値というものは、価値そのものではなく、”印象”で決まってしまうものだ。
2011年10月25日


見栄・しがらみを捨て去ると、自分がどう生きるべきかが見えてくる。
2011年10月21日


誠意に誠意で応えるだけでなく、不誠意にも誠意で応えると、やがて何かが変わる。
2011年10月18日


理性的な怒りは、正義追求の原動力となる。
2011年10月15日


”美”と”美徳”の違いについて確かな実感として認識するには、美そのものの理解だけでなく、様々な歓喜と辛苦の蓄積が必要とされる。
2011年10月10日


自分を高めようとする人の面前には、必ず、何らかの困難が存在している。
2011年10月7日


”後がない”ということは、前があるということだ。
2011年10月1日


大声を出すよりも、優しく囁くほうが、声が人の心に入る。
2011年9月27日


時として、一秒以下の時間的空間に秘められた一つの価値観が、人類史における一つの時代の価値観を大きく揺さぶることがある。
2011年9月25日


決意しても、それを実行に移さなければ意味が無い。
2011年9月24日


空腹感こそ、人間の向上心を高めるものだ。
2011年9月23日


人間は、失敗を繰り返しながら新しい気づきを得る理性的存在者である。
2011年9月22日


好きと嫌いは紙一重。
2011年9月20日


”正義の声”は確かに存在する。聴こえないのは、世の中に正義の声が存在しないからではなく、
雑多な声に支配されている自分がそこにあるからだ。
2011年9月18日


見えるものが多すぎると、”本当に見るべきもの”に対して盲目・鈍感になる。
2011年9月16日


喜びは、楽しさからのみやって来るものではない。
2011年9月11日


今やりたいことがあるのに今やらない人は、後になっても、同じようにやらない。
2011年9月7日


人間は常に、たとえ物事がうまくいったとしても、後に、”何らかの後悔の念”にかられる存在者である。
2011年9月6日


形の中で生きている人は、形の範疇で理を説こうとする。
2011年9月2日


やらないで恥をかかないよりも、やってみて恥をかくほうが偉大な一歩となる。
2011年8月31日


私は今、この”無意味・無価値”を丁寧に味わいたいと思う。
2011年8月30日


良き考えも、度を越えて発し過ぎると価値がなくなる。
2011年8月28日


気づきの積み重ねが、確かな自分の道をつくる。
2011年8月27日


涙が出る以上、人生、まだまだ潮時ではない。
2011年8月23日


ものの価値は、実際、あってないような空虚な代物。
2011年8月18日


不完全な存在者としての人間の思考の規模は、塵ほどの体積もない。
2011年8月15日


苦を通るからこそ、楽が味わえる。
2011年8月12日


道は、自分の汗と涙でつくるもの。
2011年8月8日


落ちることができるということは、”まだ望みがある”という確かな証。
2011年8月1日


意識的・無意識的にかかわらず、優越感は、自分のすべての行為を偽善にしていく。
2011年7月27日


無意識の中の”意識”に、一個の人間における”一個の本性”がある。
2011年7月25日


人は、年輪を重ねるごとに、自分は何者でもないことを悟っていく。
2011年7月20日


本気で自分を変えたいと思うならば、明日からではなく、 ”今日のこの瞬間”から変えることができる。
2011年7月14日


心不在の人間関係は、いずれは自然淘汰される。
2011年7月11日


今がすべて。
2011年7月7日


一番食べたいものから食べてみよう。
2011年7月4日


人間は皆、人間社会で生きている以上、毎日、人間関係で悩むという宿命を背負っている。
2011年7月1日


出し過ぎないように程よく出すことは難しい。
2011年6月30日


より良い答えは、意外にも、”日々の生活の中”に存在している。
2011年6月29日


簡単に”忙しい”と言う人ほど、実は、かなり時間の工面ができる人。
2011年6月27日


情熱家にとって、心は、燃やすよりも、冷やすほうが難しい。
2011年6月19日


汗と涙が、明日をつくる。
2011年6月16日


生の尊さは、死があるからこそ生きるもの。
2011年6月13日


結局、決めるのは自分である。
2011年6月5日


自分を磨き抜こうとする人の目の前には、常に、”鉄の壁”が存在する。
2011年6月1日


自然な姿が最も美しい。
2011年5月23日


誠意には誠意で応えるのが人間の正道。


他人における痛みの真実は、自ら、同じ痛みを経験することなしにわかるものではない。
2011年5月17日


腹を決めれば、何でもできる。
2011年5月10日


同じものでも、角度を変えて見ると、実に異なる様相が見えてくる。
2011年5月5日


本当の落とし穴は、実際に落ちてみないとわからない。
2011年4月30日


悩むことは、自己啓発欲の一形態である。
2011年4月25日


人間は、日々、”生きることの難しさ”を学びながら時を刻む。
2011年4月19日


”良識”は常識に勝る。
2011年4月15日


他者の真心は、”素の心”で感じ取るもの。
2011年4月6日


たった一言で述べる真実にこそ、”真実性”が包含される。
2011年4月2日


能力があっても、意志がなければ、前に進むことはできない。
2011年3月29日


人間は、結局、感じるようにしか感じない。
2011年3月26日


凡人にとっての道は、自分の利益のために自分が通る既存の道。賢者にとっての道は、他者を愛し、他者を導くためにつくる”理性の道”。
2011年3月23日


進むべき道は必ずある。
2011年3月18日


”技術”と”英知”は、根本的に異なる概念である。
2011年3月13日


世界中の成功者は、次のことを述べる。”辛苦は、買ってでも経験するとよい”、と。
2011年3月10日


凡人は常に”強さ”を武器とするが、賢者は、時として、”弱さ”を武器とする。
2011年3月7日


コミュニケーションの真髄は”真心”である。
2011年3月4日


どんな人の心の中にも、天使と悪魔が一緒に住んでいる。
2011年3月1日


偽善を偽善と感じなくなったとき、人は、本来進もうとしていた正道を見失う。
2011年2月28日


安易な方法で得ようとする知は、真の知となることはない。
2011年2月26日


人間は、溝に落ちたときに初めて、溝の存在の意味に気づく。
2011年2月23日


不完全な存在者としての”非理性的存在者”は、不完全な存在者から発せられる”真実”に腹を立てる。
2011年2月20日


”現物”ほど、効き目のある薬はない。
2011年2月19日


形のみで生きている人は、形で失敗する。
2011年2月18日


稀な偶然は、必然そのもの。
2011年2月15日


心の奥底において”限界”を感じて初めて、”究極”への道筋が見えてくる。
2011年2月11日


百の知識よりも、”一の気づき”のほうがより高貴である。
2011年2月9日


素の心に勝る心はなし。
2011年2月4日


この世の中に、100のうち、100のすべてがうまくいっている人などどこにもいない。
2011年1月31日


”慣れ”は、人生最大の敵である。
2011年1月26日


最初からは道はない。道は、歩んだ後にできるものだ。
2011年1月17日


自然淘汰の摂理は、常に、真実の理法である。
2011年1月13日


賢者は、言わずにものを言う。
2011年1月10日


人は皆、葛藤に葛藤を重ねて生きている。
2011年1月5日


人の心の流れは、”川の流れ”と同じである。
2010年12月29日


偉大な芸術作品は、往々にして、凡人の創作意欲を骨抜き状態にする。
2010年12月27日


常に多くを求める人は、たとえ多くを得ても、決して満足することはない。
2010年12月22日


押すよりも、引くほうが難しい。
2010年12月20日


人間は、日々、様々な音を聴いているように思えるが、実際のところ、そのほとんどは、”意味ある音”として耳に入ってはいない。
2010年12月14日


幼い子供でも、正しい理屈は知っている。
2010年12月4日


真の意味で述べるならば、自分を変えるのは、決して他人ではない。
自分自身による勇気ある決断と実行力のみが、自分を変えるための”本源”となる。
2010年11月28日


傲慢さは自分を落とし、謙虚さは自分を高める。
2010年11月24日


賢者は、今日の醍醐味を、今日、感じることができる。
2010年11月16日


人間は、案外、自分の立ち位置を知らない。
2010年11月11日


失意の意識を持ち続けることが、新しい境地に到達するための原動力となる。
2010年11月6日


”今やらなくても明日やればいい”と考える人は、明日になってもそれをやらない。
2010年11月4日


真実が一番強い。
2010年11月1日


心の中に有り余るほどの余裕がある人など、世界中を探しても、どこにもいない。
2010年10月28日


言葉は、人間にとって最高峰の宝である一方、”最悪の危険な武器”とも成り得る代物である。
2010年10月24日


人間が自分の足で立てるのは、自分に足があるからではなく、実は、しっかりとした”地面”があるからだ。
2010年10月23日


常識と非常識は紙一重。
2010年10月20日


最も愚かな有様は、”自分の愚かさ”に気づかないこと。
2010年10月16日


既にある道を行くのか、それとも、新しい道を自分でつくるのか。人間は、この両者における違いについて自分の”腹”で哲学したとき初めて、
自分自身の素足で土を踏む意義を知る。
2010年10月4日


人間は、感じて考え、考えて感じる存在者である。
2010年10月1日


痛みを味わい、自分の力で鉄の壁を突き破らない限り、”正真正銘の本物”になることはできない。
2010年9月29日


人間は、”自分は何者でもない”と気づいたとき初めて、一歩一歩、自分自身の足で歩く意味を知る。
2010年9月18日


近くは、意外と見えにくい。
2010年9月10日


物事の終わりは、何かの始まりを意味するものだ。
2010年9月7日


この世のすべての存在物には”限り”があるからこそ、その”限り”の範疇において、全力を尽くす意義がそこに在る。
2010年9月4日


できるかできないかではなく、”やるかやらないか”で人生は大きく変わる。
2010年9月1日


明日よりも今日。今日の中でも”今現在”。
2010年8月27日


よく見えているということは、深い意味では、あまり見えていないということ。
2010年8月24日


本来、”気づき”というものは自分の目の前にたくさん散らばっているが、それに気づく人は少ない。
2010年8月20日


今現在のこの”生”こそが、人生において最も尊い生である。
2010年8月18日


凡人は、目の前の機会を”当たり前の機会”とするが、賢者は、目の前の機会を、常に、”絶好の機会”(最高の機会)と捉える。
2010年8月9日


本当に自分を心配してくれる人ほど、厳しい助言を言ってくれる。
2010年8月5日


自分の足元は、見えているようで、実は見えにくい。
2010年8月2日


環境とは、与えられるものではなく、自分の知恵でつくり出すもの。
2010年7月30日


幸運とは、夢見るものではなく、自分の汗と涙で掴み取るもの。
2010年7月28日


本当に自分を変えたいと思うならば、明日からではなく、”今日の今現在”から変わることができる。
2010年7月22日


偽者は偽者を好む。
2010年7月15日


やるかやらないか迷う人は、大抵、やらない。
2010年7月9日


日常生活における隣人に対する些細な振る舞いにこそ、その本人の真の品格が表象される。
2010年7月5日


率先して恥をかく生き方は、自分の人生を大きく変える。
2010年7月1日


深い意味で言うならば、人間が生きるということそれ自体が、”奇跡”そのもの。
2010年6月24日


人間は、しばしば、自ら不幸を追い求める。
2010年6月16日


可能性を生かすも殺すも、すべては自分次第。
2010年6月9日


無知は、人に暴言を吐かせる。
2010年6月5日


底が見える間は、底に落ちなくてすむ。
2010年5月29日


日々、これが最後と思って言葉を露呈するが、そのたびに無駄ばかりが目立つ。
2010年5月27日


簡単に見えるということは、”実は何も見えてはいない”ということの証。
2010年5月24日


学びの道においては、近道は結局、”遠回り”となる。
2010年5月19日


”理性的”存在者である人間は、一度、どんなに後悔しても、後にまた、極めて”非理性的”に、同じ過ちを繰り返す存在者である。
2010年5月8日


今は、泣いても笑っても”今”。
2010年5月5日


毎日、他者に求めてばかりいる人は、自分から他者に与える喜びを知ることはない。
2010年4月27日


感謝するその心から、価値ある何かが生まれる。
2010年4月21日


簡単に見えるということは、実は、何も見えてはいないということの証。
2010年4月17日


人は、”痛み”から何かを学ぶ。
2010年4月10日


困難を、”生きる原動力”とする人が、物事を成就させる。
2010年4月8日


時間は、探すものではなく、”作るもの”。
2010年4月4日


完璧ではない人間のその有様にこそ、人間の生の意味が内在する。
2010年3月31日


自己満足として一方的に喋るのではなく、呼吸と呼吸を調和させて語る人が、他者の心を掴む。
2010年3月28日


舌を制する者が、人間関係を制する。
2010年3月24日


真の意味での心の贅沢・優雅さは、他者から与えられるものではなく、自分自身の理性と感性を駆使し、自らの心の中で見い出すもの。
2010年3月22日


この世のすべては”無常”であるからこそ、迎える一秒一秒に価値が生じる。
2010年3月18日


覚悟ができている人の精神力ほど強いものはない。
2010年3月11日


どのような状況であっても、善を基盤として、正しく生きてみよう。そうすれば、やがて、事が、正しく進む。
2010年3月8日


人は案外、自分のことを知らない。
2010年3月4日


百の軽口よりも、”一の行動”が威力を発揮する。
2010年3月1日


偽者は常に見せ場をつくろうとするが、本物には、見せ場など必要ない。
2010年2月27日


人は、時が過ぎ去ることを”恐怖”と感じたその瞬間、迎える一秒一秒に最大限の価値をみる。
2010年2月24日


万能を誇る秤も、時として、誤った数値を示す。
2010年2月23日


騙されたふりをすることも、その相手に対する愛情の一表現である。
2010年2月16日


専門家と自称する者も、さらにその専門を極めた者の面前では素人扱いされる。
2010年2月12日


”有”の真の価値は、”無”にならなければわかならい。
2010年2月7日


真の輝きは、”響き”となって人の心の中に入り込む。
2010年2月5日


人間は大抵、やって、やって、やり抜いても、自分に満足することはない。
2010年2月2日


勇気があっても、”根気”がなければ夢を実現することはできない。
2010年2月1日


"後がない"ということは、"先がある"ということ。
2010年1月28日


静寂の中で耳にする自然の音。そこに、はっきりと、”人間存在の意味”を感じ取ることができる。
2010年1月26日


近道は、結局、遠回り。
2010年1月24日


自分を客観視することなく、他人を評価しようとばかり考えている者は、自分自身の”身の程”について気づくことはない。
2010年1月22日


真の優雅さは、心の内側から湧き出るもの。
2010年1月21日


明けない夜はない。
2010年1月19日


自分に厳しく、他人には優しく。
2010年1月18日


善は、知るだけでなく、それを実行して初めて意味を成すものだ。
2010年1月13日


伝家の宝刀は、使った瞬間にその価値が無くなる。
2010年1月10日


人は大抵、本当の事を言わない人に身を寄せる。
2010年1月8日


その日にできることをその日にやると、人生が大きく変わる。
2010年1月2日


ゆっくりでもいい。一歩一歩、確実に前に進めるならば。


明日など、どこにもない。あるのは、今日の”今現在”のみ。
2009年12月30日


落ちるところまで落ちた時こそ、一生涯において一度あるかないかの最高のチャンス。
2009年12月28日


どんな困難に直面しても、道は必ずある。
2009年12月22日


人は、不注意の蓄積によって、”注意することの意味”を知る。
2009年12月16日


”明日はない”と自分に言い聞かせると、今日のこの一時一時が、より濃い一時一時となる。
2009年12月11日


音が聴こえる痛みは、”痛みそのもの”ではなくなる。
2009年12月9日


人生において最も怖いことは、自分の無知・非力に気づかないこと。
2009年12月2日


”慣れた”と思ったその瞬間こそが、最大の危機の瞬間。
2009年11月25日


痛みは、学びの母。
2009年11月15日


返事をしない”真空”の部分から、しばしば、その本人の力強さ・逞しさが露呈することがある。
2009年11月12日


「察する力」、それは、多様な人生経験から生まれるもの。
2009年11月6日


学ぶだけでなく、学び取って初めて、真の知への道筋となる。
2009年10月30日


身近な人間の中で、最もその実像を知らない相手とは、意外にも、”自分自身”である。
2009年10月25日


食べるだけでなく、味わいたいものだ。
2009年10月20日


ものは捉え様。人との話も、まさに話し様。
2009年10月19日


今日もまた、今日しか味わえない一日を楽しみたいものだ。
2009年10月13日


”恥をかかないために振り向かない”、あるいは、”恥を忍んで勇気を持って振り向いてみる”。
・・・どちらを選ぶかで、人生の方向性が大きく変わることがある。
2009年10月6日


自分の限界を知るということは、深い意味では、新たなる出発点に立つということだ。
2009年10月1日


今しかないと思ったら、明日が待てない。
2009年9月30日


自分さえその気になれば、今日のうちにでも、あるいは、今からでも再出発することができる。
2009年9月25日


ものを考える上でも、体力は常に必要である。
2009年9月22日


見るだけでなく、見極めることが重要である。
2009年9月14日


森も木も、それぞれ存在の意味がある。
2009年9月8日


人間は死を迎える直前に、人間の一生は、夢の中のほんの一瞬のような短さであることを知る。
2009年8月27日


小さなことを一つひとつ、心を込めて丁寧に。
2009年8月19日


他人の愛情の尊さは、大抵、後になってしみじみとわかるもの。
2009年8月4日


目先の得は、結局、後の損となる。
2009年7月21日


今を生きる人の笑顔は頗る美しい。
2009年7月6日


個人の品格は、しばしば、ほんの些細な失言で台無しになるものだ。
2009年6月30日


どうしても前に進めないその時は、ゆっくりと自分を休ませてあげよう。
2009年6月22日


幸せの源流は、常に身近なところにあるものだ。
2009年6月9日


今日の”この時間”を無駄にする人は、明日も、そして、その次の日も同じことをする。
2009年6月6日


最高の機会は、常に、”今現在”である。
2009年5月30日


夢を現実に変えるかどうかは、すべて自分次第である。
2009年5月26日


深遠なる意味で言うならば、”痛み”とは、導き以外の何者でもないものだ。


昨日を振り返ることは大切だが、今日をどう生きるかについて考えるほうがより重要である。
2009年5月23日


人間は、常に、理屈では解決できない問題に苦悩しながら生きている。
2009年5月18日


小さなことを少しずつ丁寧に取り組む姿勢にこそ”真の尊厳”がある。
2009年5月16日


広い門から入ると、中には大抵、落とし穴がある。
2009年5月15日


生きる喜びの源泉とは、どこか特別な場所にあるのではなく、日々の現実の生活の中にあるものだ。
2009年5月11日


人は、数多くの後悔を積み重ねながら、後悔しない生き方について考えるようになる。
2009年5月9日


たとえ苦しくても、それを諦めないからこそ”進める前”がある。
2009年5月6日


痛みは、人に、試練と気づきを与えてくれる。
2009年5月4日


腹を決めて生きている人にとって、毎朝の朝食は、まさにその日の”出陣式”である。
2009年5月1日


社会一般の常識がある人でも、その本人に”良識”があるとは限らない。
2009年4月29日


人間はしばしば、”今日のこの一時があるからこそ明日がある”という真実を忘れる。
2009年4月28日


他人に不平を言う前に、自分から動いてみよう。
2009年4月27日


ほんの少し見方を変えるだけで、物事の見え方・価値がかなり違ってくる。
2009年4月24日


喜びは、味わうだけでなく、確かな実感として噛み締めたいものだ。
2009年4月20日


偽者は、好んで、偽者に身を寄せる。
2009年4月19日


言葉の概念には、それぞれ、個々の重量感というものがある。


詮索と知的好奇心は違う。
2009年4月18日


使命感を持つ人の意志はすこぶる固い。


”隙間”は、人に快適さを与える作用を持つ。
2009年4月16日


ものに執着すればするほど、人は不幸の道を歩む。


うまい水を見せても、それを飲むかどうかは、まさに人それぞれである。


今現在生きているという事実こそ、”奇跡そのもの”。


今までどう生きたかという問題よりも、これからどう生きるべきかという問題のほうがより重要である。
2009年4月15日


人間は、自分さえその気になれば、いつでも、そして、どこでも、もう一度やり直すことができる。
2009年4月14日


できないと、やらないは違う。
2009年3月31日


人間は、多くを所有すればするほどに、ものの価値に対して盲目になる。
2009年3月28日


ものの価値は、捉え方ひとつで、上がりも下がりもする。
2009年3月26日


毎日の感動は、自分自身の生き方で生み出すものだ。
2009年3月25日


道が見えても、そこを歩かなければ前に進めない。
2009年3月24日


人は、濁流の如く流れ去る”時”の経過に恐怖を感じたとき、人生の短さと人間存在のはかなさに頭を垂れる。
2009年3月23日


どん底から這い上がった人が発揮する力には、強靭な底力がある。
2009年3月21日


腹を決めると、雨露が気にならなくなる。
2009年3月20日


10回言葉で言うよりも、1回行動で示すほうが、威力を発揮する。
2009年3月16日


どんなに小さな命でも、命はみな、精一杯生きている。
2009年3月13日


生きるという行為は、ある意味で、体力勝負の代物である。
2009年3月10日


楽して生きようとすればするほど、実際、楽でなくなる。
2009年3月8日


歓喜と絶望は紙一重である。
2009年3月7日


間口が広くても、見えない人には見えない。


間口が狭くても、見える人には見える。
2009年3月5日


黒があるから白が目立つ。
2009年3月3日


その日にできることをその日にやると、人生が劇的に変わる。
2009年3月2日


人間は、”気づき”の積み重ねで、次第に”察し”ができるようになっていく。
2009年2月24日


ものの価値は、実際、あってないような空虚な代物である。
2009年2月22日


感性は、知識よりも高貴である。
2009年2月19日


できる人は、一瞬一瞬を、一つひとつの勝負どころと考える。
2009年2月18日


道への”道”は、まさに自分の目の前にある。
2009年2月16日


大地の存在の意味は、自分の足で大地に立てなくなって初めてわかるものだ。
2009年2月12日


物事の終わりは、何かの始まりを意味するものだ。
2009年2月11日


戻ってみることも、時には”偉大な一歩”となる。
2009年2月7日


人間は皆、やがて灰になるからこそ、今の”この現在”において意気揚々と輝くことができるのだ。
2009年2月5日


簡単に見える前は、前であって前ではない。


やるかやらないかは、結局、自分で決めることだ。
2009年2月3日


人は、しばらくして後悔した後に、その時の真価を知る。
2009年2月1日


心を磨けば、外見にも磨きがかかる。
2009年1月31日


人生、やればやっただけ前に進めるものだ。
2009年1月29日


愚か者は傲慢な理論で武装するが、賢者は”優しさ”で他人を包み込む。
2009年1月26日


痛みは、偉大なる学びの母である。
2009年1月24日


はっと気づいたら、まず、やってみることだ。
2009年1月22日


何事においても、答えは、常に自分の心の中にある。
2009年1月21日


信用とは、言葉で築くものではなく、”行動”で築くものだ。
2009年1月20日


人間は、自分に負けながら、自分に勝つ方法を学んでいく。
2009年1月19日


声は、出すよりも聞くほうが難しい。
2009年1月17日


止まない雨はない。
2009年1月16日


熱意は能力に勝る。


正義は、求め続けるものではなく、”行うもの”である。
2009年1月15日


無知に勝るものはない。(無知ほど怖いものはない。)
2009年1月13日


褒められる以上、本物ではない。
2009年1月9日


人にはそれぞれミッションというものがある。
2009年1月5日


理性的存在者は、ものを理解したその瞬間において、理解したその対象の無意味・無価値について感じ始める。


創作において言えることは、生むその過程においては、まさに苦悩の連続であるということだ。
そして、生んだ後には、創作者は、”それ以上の苦悩の嵐”を経験する覚悟をしなければならない。
2009年1月3日


最後には、能力よりも”やる気”が威力を発揮する。


目の前に、当たり前のようにいる人の本当の有難みは、その人がいなくなって初めてわかるものだ。
2009年1月2日


やっても意味がないと思いながらも全力でやっていくその過程にこそ、”小さな尊厳性”が生まれてくる。


小さな尊厳性の積み重ねが、少しずつ道をつくっていく。


技術だけでは、到底、届かない。


技術だけでは、到底、至らない。


人は転んだときに改めて、”人は皆、自分の足で立っている”という有様の真意に気づく。


暇な人ほど、忙しいふりをする。
2008年12月31日


痛みを感じることは、幸いな事実である。


心の奥底からの強烈な叫びは、やがて、腹から涌き出る底力の源泉となる。
2008年12月29日


自分を”できる”と思った時点で、実際のところは、まだまだと思って間違いない。
2008年12月26日


恥は、学びの母である。
2008年12月24日


器用な詭弁よりも、不器用な失言に愛着を感じる。
2008年12月23日


人間は生き続けるために水を必要とするが、水は、自らの存在のために人間を必要とすることはない。
2008年12月21日


人は大抵、本当の事を言う人から遠ざかる。
2008年12月20日


自分の周囲において何らかの変化を見たら、何よりも先に、自分がなした行動・発言を顧みることが先決である。


新しい境地への到達には”痛み”が伴うものだ。
2008年12月14日


ありとあらゆる人間が、毎日、何かを感じながら生きている。
2008年12月13日


言葉は、心の鏡である。
2008年12月12日


物事の終わりは、次の”始まり”を意味する。
2008年12月11日


長年かけて築いた頑丈な信頼関係でさえ、不誠実なたった一言で、それが大崩壊することもある。
2008年12月9日


”形”は、一瞬にして崩れ去る代物。
2008年12月8日


ある分野において相当な知識があっても、その本人が立派な人格者であるとは限らない。
2008年12月7日


余情における美意識を備えた人は、奥の奥まで感じることの優雅さを味わうことができる。


人間には一生涯、どうしても治せない病気がある。それは、”自分自身が一番不幸である”と思い込む病気である。
2008年12月6日


”・・しようと思ったのですが”という言葉ほど、意味のない言葉はない。
2008年12月3日


伝える技術に優れていても、伝えようとする中身がなければ意味を成さない。
2008年12月2日


人は案外、素の自分について忘れている。


人間は、理性的に考える前に、まず第一に、”感覚的に”感じる存在者である。
2008年12月1日


賢者は、道が見えなくなると即、原点や基本に戻る。
2008年11月30日


言わずに語れる人間でありたいものだ。
2008年11月29日


人間は皆、物事における矛盾に悩まされながら生きる宿命を背負っている。
2008年11月26日


学びの達人は、学ぼうと思ったら即、実行に移す。
2008年11月25日


最後には、前向き思考が必ず勝つ。
2008年11月24日


足元さえしっかりと見ていれば、落ちるところまで落ちたとき、それ以上落ちなくて済む。
2008年11月23日


聞こえる人には聞こえるが、聞こえない人にはやはり聞こえない。
2008年11月20日


人間の無関心は、時として、最大の暴力と化してしまう。
2008年11月18日


人間は真理を希求する理性的存在者であると同時に、真実から目を背けようとする非理性的存在者でもある。
2008年11月15日


高貴ぶらないその心のあり方にこそ、”真の高貴さ”が露呈する。


自分自身が腹を決めない限り、腹を決めている人の”覚悟の尊さ”を理解することはできない。


人間が使おうとする土の中には、通常人が想像する以上の水分が含まれているものだ。


小さなことを心を込めて丁寧に行うその過程において、真に価値ある尊厳性が生まれていく。
2008年11月11日


無言の発言こそ、極めて奥深い発言である。


相手から信用されたいならば、まず第一に、自分から率先してその相手を信用することが先決である。
2008年11月9日


できるかできないかではなく、やるかやらないかで人生は劇的に変わる。
2008年11月6日


気づくよりも、人に気づかせるほうが、より多くのエネルギーを必要とする。
2008年10月30日


人間にとって最も見えにくい場所は、自分自身の足元である。


ネオンと雑音から離れた場所に心をおくと、理性と理性の会話が聞こえてくる。


経験の積み重ねが即、”気づきの積み重ね”になるわけではない。


優れた感性の持ち主は、事の重さ・軽さを自身の体で抱えすぎ、そう易々と歩くことができなくなる。


音が聞こえても、その意味を感じ取ることができるとは限らない。
2008年10月26日


人は皆、何らかの事情を抱えて生きている。
2008年10月25日


”元気”は、もともとあるものではなく、自分自身の内に秘めた向上心で作り出すものである。


外見上、余裕があるように見える人ほど、実際は大変な事情を抱えているものだ。


無神経な人ほど、他人からは神経質に見える。
2008年10月19日


人は、往々にして、当たり前のことができない。


経験の積み重ねが即、”気づきの積み重ね”になるか否かは、その本人がどのような感性の持ち主なのかによって異なる問題だ。
2008年10月16日


生む主体となるのは、自分自身がかく一滴一滴の汗。


強く欲する心があれば、人は、理屈を乗り越えて、いつの間にかそれに取り組んでいるものだ。
2008年10月13日


人は案外、足元を見ずに歩いている。


普通であることの幸せは、普通でなくなった時に初めてわかることだ。
2008年10月11日


好意の”価値”というものは、それを受ける人間の捉え方・扱い方如何でどうにでも変わってしまうものだ。


頼みごとは、忙しい人に頼むのが得策である。
2008年10月2日


真の知への出発点は、経験に経験を重ねて”自分の無知”を知るところにある。


他者の勇気について、心からの称賛の気持ちで称える勇気もまた、偉大な勇気の一つである。
2008年9月27日


磨き、磨かれ、人間は成長していく。
2008年9月20日


好機は毎日ある。人は、それに気づかないだけだ。
2008年9月17日


痛みこそ、人間に道を教えてくれる。
2008年9月11日


人、あるいは、ものに対する真摯な姿勢を失いかけたときが、危機への扉に接近するときである。
2008年9月7日


概して、情愛は、理屈を遥かに超えるもの。
2008年9月3日


目に入らないものは、どのように工夫しても、やはり入ることはない。
2008年9月2日


人は皆、苦を背負いながら、精一杯生きている。


忘れられないのは、”忘れたくない”という本心に依拠するもの。


真実を生きるに、遅いも早いもない。
2008年8月23日


遅すぎる後悔ほど、真実の理と道を教えてくれる。
2008年8月17日


自分の行動力が道をつくる。


”失うものは何もない”と思ったら何でもできる。
2008年8月15日


理性的存在者は、10年を”短い”と捉える一方、10秒を”長い”と捉えるときもある。
2008年8月12日


耳が痛い助言を与えてくれる人ほど、計り知れない愛情を持っているものだ。


自分の心を痛めないと、他人の心の痛みを理解することはできない。


”・・しようと思った”と簡単に言う人ほど、・・するつもりはない。


理屈では、恩は真心で返すもの。だが実際、人間はしばしば恩を”仇”で返してしまう。


実名で発する”言葉の重さ”というものは、自分でも実際に同じことをやってみないとわかるものではない。
2008年8月10日


現実社会において様々な経験を通して抱く夢は、単なる夢ではなく、”明らかな計画”である。


言うよりも、言わないほうが辛抱を要することがある。


できる人は大抵、過去において、他人の前で相当恥をかいているものだ。
2008年8月7日


尊厳そのものに尊厳はない。
2008年7月27日


道を選ぶのも進むのも、結局、自分自身。
2008年7月17日


求めてばかりいる人は、与える喜びを知らない。


当たり前の行為・理屈こそ、私たち人間が最も大切にすべき代物ではないだろうか。
2008年7月13日


”感性で生きる”ということと”感覚で生きる”ということは、根本的に異なる概念である。
2008年7月10日


今を生きる尊さというものは、長い期間において、過去に依存して生きる日々を重ねてしみじみと感じることだ。
2008年7月6日


ほとんどの人間は、”自分が盲目である”という有様に気づかないで生きている。
2008年7月5日


良く効く薬に言葉はいらない。
2008年6月30日


人間は皆、それぞれの環境と立場において、一生懸命に生きている。
2008年6月24日


日々の生活における小さな充実感・達成感にこそ、心から喜べる幸せがある。
2008年6月23日


押すよりも引くほうが難しい。


10分後よりも、”今”である。
2008年6月18日


”気づく”よりも、”気づかせる”ほうが、何倍もの労力・工夫が必要となる。


簡単なことほど極めて難しい。
2008年6月16日


夢を現実に変える方法はたった一つ。それは、一度決めたことを最後までやり通すこと。
2008年6月13日


十分な睡眠をとることこそ、健康を維持するための最も効き目のある良薬である。
2008年6月2日


腹を決めている人は、天候や気分によってその日の予定を変えることはない。
2008年5月29日


用事というものは、忙しい人に頼むとすぐにやってくれる。


感謝する気持ちがあるか否かで、一個人にとってのものの価値は大きく変わる。
2008年5月28日


他者からの信用も不信感も、すべては自分でつくるものである。
2008年5月27日


人は皆、何かと闘いながら生きる宿命を背負っている。


苦悩に苦悩を重ねている人は、”辛いのは自分だけだ”とは考えないものだ。
2008年5月23日


自分の足跡に気づくことは、極めて幸いな有様だ。
2008年5月22日


物質的な贅沢に溺れないことこそ、人生における最大の心の贅沢である。
2008年5月21日


楽が楽しいのは当然のことであるが、苦はもっと楽しい。
2008年5月18日


真剣に相手の幸せについて考えている人は、来る日も来る日も、その相手の行為について褒めてばかりはいないものだ。


今現在において勝負に強い人は、過去において相当負けた経験を持っている人である。


人は案外、現在の自分の立ち位置について知らない。
2008年5月17日


苦味のある言葉というものは、単にそれを聞くよりも、発するほうがより労力を使う。


どんな人でも、心の奥底では、自分は一体どうしたらよいのかわかっているものだ。
2008年5月15日


真実を知ろうとする勇気よりも、真実を受け入れようとする勇気のほうが、より偉大な勇気である。
2008年5月14日


道は、悩むだけでなく、悩み抜いてこそはっきりと見えるものだ。
2008年5月11日


理性的存在者は、極めて厳粛な態度で”知”を愛し、それを他者のために実践する存在者である。
2008年5月9日


同じことを伝えるにしても、言葉の選択・言い方如何で、そこに漂う”余情”が大きく変わる。
2008年5月8日


人は結局、やってもやらなくても後悔する。
2008年5月4日


工夫好きな人は、思い通りにいかない事を存分に楽しむコツを知っている。
2008年5月2日


私たち人間は、日々、錯覚、あるいは、限りなく錯覚に近いものを信じながら生きている。
2008年5月1日


無いものを欲するよりも、目の前に在るもので心を満たすほうが、より高貴である。
2008年4月27日


大抵の人は、理屈として、”善”と”偽善”の違いはわかる。
だが、他者の真の幸福のために、”真心”を持って善を実行できる人はそう多くはない。
2008年4月24日


期待が先行する人は、時間があっても、決して自分の力で歩もうとはしないものだ。
2008年4月23日


人間は常に、機会を捨てながら生きている。


人間は常に、争いを求めながら生きている。
2008年4月21日


底のない虚無には出口はない。
2008年4月18日


真実に生きることは極めて美しい生き方であるが、一方では、途轍もない辛苦を経験する運命を背負うことにもなる。
2008年4月15日


同じものでも、見る角度によって、その見え方・印象は相当違う。
2008年4月12日


人の好意の高貴さというものは、それを無償で受けている間は決して理解できない代物。
2008年4月10日


どのような結果になろうとも、決めるのは結局、自分自身である。
2008年4月6日


知らないという有様よりも、知ろうとしない有様のほうが愚かである。
2008年4月4日


見えすぎないほうが難無く進めるものだ。
2008年3月31日


本当の意味でコミュニケーション能力の高い人とは、他者の気持ちを察する能力のある人を指すのだと思う。
2008年3月30日


実際に中に入らないと、わからないこともある。


生みを重ねると、生むことの責任について、より厳粛に捉えるようになるもの。
2008年3月28日


人に多くを望むのではなく、”人に多くを与える”ことに精を出す人は、この上ない”優雅な心の満足感”を味わうことができる。
2008年3月27日


マンネリズムは、時として、人間の理性的思考を低下させる。
2008年3月26日


転んでも、また立ち上がればいい。
2008年3月23日


元気を出せば、きっと何かが変わる。
2008年3月21日


大いなる危機意識こそが、前に進むための原動力となる。
2008年3月18日


真に生きようとする勇気は、実に尊い勇気。


鈍感な人は、知らず知らずのうちに多くの罪を犯している。
2008年3月16日


無作法な一言の失言が、相手の熱をさましてしまうことがある。
2008年3月14日


形は、印象でつくられる。
2008年3月12日


出発点は常に”今”である。
2008年3月10日


買手の利を”理”に変貌させる商人が最後に勝つ。
2008年3月5日


同じ場所を見ても、目に入るものは人によって違う。


現在の自分の”立ち位置”を知ることが、地に足の着いた生き方をするための第一歩。
2008年3月1日


勇者は、今日も明日も、恥をかきながらものを学ぶ。
2008年2月26日


机上の経験でも、それが暖衣飽食の経験なのか、それとも、”辛苦と歓喜を積み重ねる経験”なのかによって、その成果は格段に違う。


自分磨きに熱心な人は、現在の極限を乗り越えた後、しばらくしてまた、新たな極限に挑む宿命を背負っている。
2008年2月24日


賢者は、日常の些細な体験において、そこからたっぷりと幸せを感じる価値を知っている。


人生は、言うなれば、目の前の”鉄の壁”と闘うことの連続。
2008年2月22日


窓があっても、外が見えるとは限らない。
2008年2月18日


賢者は、単にものを食べるだけでなく、よく噛んで、それを自らの血とし骨とする。


”聞こえない”ということと”聞く気がない”ということは、それぞれ異なる有様。
2008年2月10日


聖なる創作者は、魂で神の声を聴き、それをこの世の言葉に落として人々に伝えている。


技術ではなく、魂で音を奏でない限り、その音が人の心を捉えることはない。


土は、おかれた状態によってその様相を変える。


理性を備えた人間であっても、善に生きない限り、理性的存在者とはいえない。


神から賦与された理性は、善を実践するためにあるもの。


本質を追求する哲学者は、頭で考え、心で感じ、”腹”で哲学する。


加減の力は、時として、本質の力を超える。
2008年2月8日


金は使えばすぐに無くなるが、”知”は使えば使うほど増えていく。
2008年2月6日


真の”理”は、岩石よりも硬い”知の塊”に護られている。


愚か者は、愚か者に近づく。
2008年2月4日


本質は、環境に先んずる。
(環境如何で変わる本質は、真の本質ではない。)


良き考えは、それを具現して初めて確かな意味を成す。


口で奇麗事を述べるよりも、自身の行動で示すほうが何倍もの効き目がある。
2008年2月3日


毒が良薬になることもある。


他人の言うことに腹が立つのは、そのことが的を射ているから。
2008年2月1日


何事においても結局、”自分自身がそう望むか・望まないか”である。
2008年1月27日


人前で”自分は特別だ”と主張した時点で、人はその特別さを評価しなくなる。
2008年1月25日






*以下は、現在、再編集中でございます。





人間は皆、他人から自分の顔がどう見えるかを知ることなく、日々、時を刻んでいる。

2008年1月23日





今、できることをすることなく、できないことを延々と夢見るのが人間の常である。

2008年1月21日





人間は意外と、”自分は自分自身の意志で大地に立っている”という事実を忘れている。





慣れが飽きの始まりとなるか否かは、自分の心構え次第である。





不特定多数にものを正確に伝えるという行為を成すには、相当のエネルギーが必要となる。

2008年1月17日





与える人は常に与えることばかり考えているが、その一方、求める人は常に求めることばかり考えている。





心の中の叫びが皓皓と燃えてしまったら、もう元に戻ることはできない。

2008年1月13日





今、この幸せを、しっかりと噛み締めたいものだ。

2008年1月12日





それなりの人生経験を積まない限り、人の気持ちがわかることはない。

2008年1月9日





魂を表現する芸術作品においては、その表現のところどころで、”無口な小宇宙”が意気揚々と舞い踊る姿を見ることができる。

2008年1月5日





真に神経質な人は、日々の生活において、自分自身が神経質に見えないように工夫を凝らすものだ。





無神経な人ほど、他人からは神経質に見える。





知、・・・その、”偉大なる高貴さ”というものは、知への探究過程における”自己の邪念との死闘”を経験せずして感じ得ることはない。





無駄な時間は、往々にして必要”善”である。

2008年1月4日





不平を言う前に”前向きな提案”をするように努めると、常に鮮度抜群の人間関係を保つことができる。





毎日、新鮮な顔の表情で、”新鮮な人付き合い”を心掛けたいものだ。





”他人には優しく、自分には厳しく”。言うのは簡単だが、これを実行できる人は極めて少ない。

2008年1月3日





他人が心を尽くして行っている親切や好意の尊さは、それをしてもらっている最中にはなかなかわからないものだ。

2007年12月31日





今日の”この今現在”、通じる相手がいることに人生最高の歓喜を感じる。

2007年12月28日





素直な心が一番強い。

2007年12月24日





自分の足で歩かない限り、足跡は残らない。

2007年12月22日





体裁やしがらみに縛られる行為は、前進というよりは”後進”そのものである。





長い人生、何度後悔してもいいと思う。大切なのは、自分が本当に望む生き方をすることだ。

2007年12月17日





幸福や喜びは、独り占めにするものではなく、”皆で分かち合い、共に味わうもの”である。





厳粛な姿勢でものを学ばない限り、そこに学びの価値が宿ることはない。





闘う相手は、他人ではなく、自分自身の”弱さ”である。

2007年12月15日





止まない雨はない。

2007年12月14日





賦与された理性を駆使して知と美を調理するための”まな板”は、いかなる包丁捌きにも耐え得る強靭さを備えている。





魅力とは、心の奥底における”辛苦の積み重ね”で築き上げるものである。





人間は、人生経験を積めば積むほど、言葉の使い方に注意するようになるものだ。

2007年12月10日





”鈍感さ”は、言うなれば最大の暴力であるが、その反面、本人にとっての最大の救いとなり得るものだ。





心の持ち方一つで、毎日が常に、新しい人生の第一歩となる。

2007年12月8日





印象は、事実よりも人に影響を与える。

2007年12月4日





長い人生において有終の美を飾れるか否かという問題は、常に”紙一重”の状態で続くものだ。





一つの気づきともう一つの気づきが相反するという事態に遭遇したとき、人間はまた、新たな境地に入ることができる。





賦与された理性は、極めて神聖なるものである。それ故、人間は、厳粛な姿勢で理性を用いなければならない。

2007年12月1日





忙しい人ほど、時間を上手に使いこなす。





暇な人ほど、忙しいふりをする。

2007年11月29日





通じない相手には通じないが、通じる相手には通じるものだ。





明日の課題を今日のうちにやってしまうと、一日分、得をした気分になれる。





理は、自ずと明らかになる。

2007年11月27日





幸福は、自分自身で齎すもの。





不幸は、自分自身が招くもの。

2007年11月24日





本当にしたいことをして恥をかくことは、”偉大な一歩”である。





恥をかかないようにしようと思えば思うほど、自己実現を果すことが難しくなる。





資本主義経済の最大の欠点は、しばしば、ビジネスそのものが、本質から離れた”雑音とネオンをつくる台所”となってしまうことだ。





人間は常に、雑音とネオンに惑わされて生きている。

2007年11月23日





人間は、背伸びし過ぎ失敗して初めて、真っ正直に生きる尊さを知る。





昨日まで何をしてきたかではなく、”今日、何をするか”のほうがより重要な問題である。





覚悟を決めて生きていなければ、覚悟を決めて生きている人の気持ちはわからない。

2007年11月22日





自分は何者でもないという本質に気づいたとき、人間は初めて、”恵みそのものの証”である大地にしっかりと立つことができる。

2007年11月21日





顔の表情は心の窓である。

2007年11月20日





人は案外、聞くべきものを聞いているのかもしれない。





人間の生には限りがあるが、文化・芸術における精神は永遠に生き続ける。

2007年11月19日





他人の心温まる気遣いについて、それを当たり前と捉えた瞬間、そう捉えた本人の不幸が始まる。





馬でも、飲み水を選ぶ。

2007年11月18日





人間関係を構築するための基本は、相手に対して興味を持つことである。





心の不調は隠せても、体の不調を隠すことは難しい。

2007年11月16日





人生における最高の一時というものは、実際にそれを経験している最中にはわからないものだ。

2007年11月15日





大切なのは、決断することそのものではなく、”決断したら即、実行すること”である。





謙遜の優美さ・尊さを知らない人は、謙虚な人の前で平気で胡坐をかく。





自分磨きには、痛みや苦しみが伴うものだ。





心が触れ合ったその時こそが、一番の好機である。





いい出会いがあってもそれを単なる偶然と捉える人は、大抵は、一生涯、それを繰り返して生きるものだ。

2007年11月14日





溝には二つある。一つは油断して落ちる溝、もう一つは、”自ら率先して入る溝”。





ものの価値は、あってないような空虚な代物である。





一輪だけの花から感じる美しさにこそ、真の優美がそこにある。

2007年11月12日





人は、負けながら勝ち方を学ぶ。





純朴な心に勝るものはない。

2007年11月11日





客観性極まりない客観は、それほど味わい深いものではない。





自らの印象を堅持し続けると、独自の創作へと導かれる。

2007年11月7日





耳があっても、人の声が聞こえるとは限らない。

2007年11月6日





人間は、自分を晒し者にすることで、自分を律し、磨き抜くことができるようになる。

2007年11月3日





普通の幸せこそが人生最高の幸せであるということに気づいたその時、人間は初めて、”幸せの噛み締め方”を知るようになる。





他人の力に便乗して進む百歩よりも、自分の力で進む一歩にこそ、大きな意味と価値がそこにある。

2007年11月2日





朝、目が覚めた時、生まれ変わろうとする強い意志さえあれば、毎朝、”新しい自分”を作り出せるものだ。

2007年10月31日





一番怖いのは、”怖さを知らない”というその有様である。





度を越えて欲を追求し過ぎると、やがては損をする。

2007年10月29日





人は、やらなければ後で後悔するが、やってみても、結局、後悔する。





しがらみを取り払って表現する”素直な気持ち”、それこそが、何よりも他人の心を動かす。

2007年10月28日





安易な道を進もうとすればするほどに、辿り着きたいと願うその場所は、次第に遠くなる。





この世の中に、手間隙を必要としない仕事などひとつもない。

2007年10月25日





物事の推移は、それをどう捉えるかで、その意味合いが大きく変わる。


2007年10月23日





人は大抵、褒められれば褒められるほど、自分の本当の姿を見失う。





他人が発した言葉に腹が立つのは、ある意味、その言葉が真実を物語っているからである。

2007年10月21日





雄飛しようとする意欲が、より良い明日をつくる。

2007年10月20日





叫ぶよりも、囁くほうが、真意が伝わることがある。





人間は、文化・芸術・学問の前では、常に、厳粛、且つ、謙虚でいなければならない。

2007年10月13日





賢者は、提案の中に”示唆”を含める手腕を備えている。





見晴らしがいい場所で見える前は、前であって前ではない。

2007年10月9日





過去における芸術作品を”再現”することと”表現”することは、それぞれ異なる行為である。

2007年10月7日





抱えるには気迫があれば十分だが、背負うには覚悟が必要である。





相手の謙虚さ・心遣いにあぐらをかいてしまうと、自分の愚かさ・無知さを露呈することになる。





知っているという事実よりも、知ろうとする意志のほうがより強く逞しい。

2007年10月5日





安易な抜け道があっても、あえて自分を律し、そこを通らないところに”真の気高さ”が生まれる。

2007年10月2日





創作者であっても、または、表現者であっても、心の中の”濁り”が最大の敵となる。





人は、やってみても後悔するから、やらないで後悔するよりも、やってみて後悔するほうがまだいい。





大切な用事を明日に延ばす人は、明日になると、またそれを明日に延ばす。





時間の価値がわかる人ほど、接する相手に、相手のための時間があるように振舞うものだ。





人間は、単に生きるだけでなく、”生き抜く宿命”を背負っている。

2007年9月29日





前に何もないからこそ、道をつくる楽しさがそこにある。

2007年9月25日





同じ言葉でも、それを発する源における思慮の奥行きは、人によって相当違う。

2007年9月21日





重んじることの尊さは、過去において、あることに対して非理性的に軽んじた経験がなければわかるものではない。





単に述べることと伝えることは、根本的に異なる行為である。

2007年9月17日





うまい水をありがたく汲めない人には、人の心中を酌めるだけの器の広さはない。





感じないという有様は、ある意味、幸いな在り方である。





度を越えて感じてしまう繊細な感性の持ち主は、その生涯において、”途轍もなく重い石”を背中に背負い続ける宿命から逃れられない。





人は概して、事実そのものよりも、加減から生じる印象で物事を判断する。





困難は、それに押し潰されるためにあるのではなく、それを乗り越えるために存在するものである。

2007年9月16日





多くを求めるところから、人の不幸がはじまる。





求めるものが少なければ少ないほど、人は、より平穏な心を保つことができる。





善と思っていたことも、ちょっとだけ角度を変えてそれを捉えてみると、実は、とんでもない偽善であることがある。

2007年9月15日





”生の限り”を意識した生に生きてこそ、生における一秒一秒の重さを感じることができる。

2007年9月13日





無意識のうちに”無意識の境地”に入れたら、何かを悟ることができる。





食べたいものは何かと考える人よりも、伝えたいものは何かと考える人のほうが、最終的には”より強く”生きることができる。

2007年9月5日





人は、”これ以上の低い底はない”と痛烈に感じたその時こそ、しがらみを捨てて自分を変えることができるようになる。

2007年9月2日





加減は必要だ。だが、そればかりでは、心の奥底に秘めた”熱い思い”を表すことは難しい。





どんなに丁寧に伝えたとしても、相手がそれを理解しているとは限らない。

2007年8月23日





しっかりとした心の置き場所があれば、簡単に心が揺れ動くことはない。





人間関係の修復は、早ければ早いほどいい。

2007年8月20日





課せられた結果として抱く問題意識は、課せられなくなると即、その意識が消滅する。





知らないということよりも、知ろうとしないその有様のほうがより罪深い。

2007年8月16日





人は、歩きにくい道を歩くと、普段よりもものを考えながら歩くようになる。





”書きたいという熱情が強ければ強いほど、まったく筆が進まない”という境地もある。





歓喜を味わう一時と悲惨を経験する一時は、まさに紙一重である。

2007年8月14日





顔よりも、”後姿”にこそ、その本人の生きてきた過程が映し出される。





雑草は、少しぐらい踏まれても、自らの力で成長し続けようとする生命力を備えている。

2007年8月13日





人は案外、身近な人の真実を知らない。

2007年8月11日





人間は、往々にして、はっきりと見えるものには注意を払わないものだ。





不便さが、人間の思考を活性化させる。





慣れた時こそ、最も危ない時である。

2007年8月7日





糧にならない苦はない。

2007年8月3日





1分を、10分相当の時間的空間とするか、それとも2、3秒ほどのものとするかは、自分の心構え・集中力次第で決まる。

2007年8月1日





気配りにエネルギーを注ぐ人は、自分から率先して馬鹿になる。





外見上、神経質に見える人は実は無神経。逆に言えば、無神経に見える人は相当な神経質である。

2007年7月28日





恥は、かけばかくほどいい。





やれるかどうかではなく、やるかどうかで人生は変わる。





人間は、決して自分の”根本”を変えることはできない。だが、自分さえその気になれば、”方向性”を見直すことはできる。

2007年7月27日





最初からある道しか歩かない人は、道のつくり方を知らない。

2007年7月26日





伝え方に困って立ち往生しているときは、相手によっては、勇気を持ってすべて正直に話してしまうことが得策である。

2007年7月25日





必要とされるその事実には確かな理由があるが、逆に言えば、必要とされない事実にも確かな理由がある。





失敗を繰り返さないと、朝の迎え方にも磨きがかからない。

2007年7月23日





人間の愚かな一面は、”人は皆、必死で生きている”という周知の事実を忘れることである。

2007年7月21日





大空を雄飛している鳥たちも、四六時中、羽を使っているわけではない。

2007年7月17日





幸は利であるが、利が幸であるとは限らない。

2007年7月15日





どうしても元気が出ないときには、眩しいほど元気な人の生き方に触れ、その元気を分けてもらおう。





使い果たしたと思っていたエネルギーも、ちょっとだけ発想法を変えてみると、まだまだ使い切れないほどたくさんあることに気づく。

2007年7月12日





常に石橋を叩いて渡ろうとする者は、真の知に到達することはない。

2007年7月6日





見栄を張るよりも、”自然な姿”でいるほうが、より強く、且つ、より美しい。

2007年7月1日





進みたい方向に足を動かすのは、間違いなく、”自分自身”である。





人は、自分さえその気になれば、いつでも、そしてどこでも生まれ変わることができる。

2007年6月28日





他人の苦しみは、自分も同じように苦しんでみないと決してわかるものではない。

2007年6月24日





人生は、”真剣”に生きるものであり、決して深刻に生きるものではない。





地から天への距離も、見るところから見れば、針の穴ほどの空間に納まってしまう距離でしかない。

2007年6月21日





本当に会いたいと思うその相手の価値は、会うのが難しい状態にならなければわからないものだ。





望んでいることが達成されていないからこそ成り立つ人間関係は、それが達成されると即、大崩壊する運命を背負っている。





どんなに可愛がっても、ある程度成長すると牙を剥くのが人間の常である。





”感謝する”というその気持ちは、感謝しているうちにしか生き続けない代物である。

・・・2007年6月19日・・・





幸せは、探すものではなく、自ら作り出すものである。

・・・2007年6月18日・・・





静けさの中での苦味は、街の雑音とネオンの中では経験し得ない”気高さ”を与えてくれる。

・・・2007年6月14日・・・





良薬と呼ばれるいい薬であっても、すべての人がそれを喜んで飲むとは限らない。

・・・2007年6月11日・・・





気高さの真髄は、美意識の中にあるのではなく、徳の中にあるものだ。

・・・2007年6月10日・・・




長年かけて辿り着いた究極の境地は、実は、”始まりの境地そのもの”である。





想いが伝わらなかったら、相手にもっとわかるようにその想いを伝えてみよう。





くじけそうになったら、今よりももっと大変だった時のことを思い出そう。そうすれは、今の苦しみは乗り越えられるものだ。

・・・2007年6月8日・・・





大切なのは、物事の尊さを理解することではなく、その尊さと共に生きることである。

・・・2007年6月7日・・・





余情は、感覚ではなく、”感性”で味わうものだ。





感覚に尊厳性はないが、感性には尊厳性がある。

・・・2007年6月5日・・・





出口が見えてくると、次の入り口も見えやすくなる。

・・・2007年6月4日・・・





空白の無の境地と静寂の無の境地は、それぞれ大きく異なる。

・・・2007年6月3日・・・





道がない、という絶望感が襲ってきても、生き抜く意志さえあれば、道は必ず見えてくるものだ。

・・・2007年5月31日・・・





方向性を定め、律し、徹することが大切であるが、ある方向性に固執し過ぎると、溝に落ち、そこから這い上がることができなくなる。

・・・2007年5月25日・・・





痛みこそが、今、自分がやるべきことをはっきりと気づかせてくれる。





何事においても、迅速さが功を奏する。

・・・2007年5月22日・・・





気高い美意識があっても、そこに”徳”が存するとは限らない。





疲れにも二種類ある。それは、良い疲れと悪い疲れ。

・・・2007年5月20日・・・





痛みも、度を越えると痛くなくなる。

・・・2007年5月19日・・・





息切れしたときには、無理して進むのではなく、一度、たっぷりと休憩をとるほうが得策である。

・・・2007年5月17日・・・





人が人である以上、経験する前に後悔することはない。





常識よりも、”良識”を持つことのほうがより大切である。

・・・2007年5月15日・・・





理性的思考を試みる存在者は、毎日、自分の非力に打ちのめされる宿命を背負っている。





朝一番の苦味は、思索を通して、やがては最大の歓喜を与えてくれる。

・・・2007年5月13日・・・





目の前に道はないと思えても、実際、自分の後ろには毎日道ができている。





痛みは、それを感じている間は辛いものだ。だが、それを乗り越えれば、痛みの経験は必ずや”生きる上での肥やし”になるに違いない。





尊さは、実現したという結果にあるのではなく、実現するまでの”過程”に存するものだ。





事の成り行きは、感じようではなく、捉えようである。





水と油は確かに相性が悪いが、互いに違うからこそ、それぞれに存在価値があるといえる。





人間は、生きるために幸せになるのではなく、幸せになるために生きるのである。

・・・2007年5月12日・・・





”感じる”ということは受動的な心理作用であるが、”察する”ということは極めて能動的であり、且、エネルギーを要することである。





死を意識して生きると、より”生”を実感できる。

・・・2007年5月11日・・・





精神文化が廃退した文明社会においては、”古さ”が人間に英気を与える。





今の満足感は、今しか味わえない。

・・・2007年5月10日・・・





人は、単に生きているときよりも、”生きていられる”という今の尊さに気づいたとき、生の真価をしみじみと実感する。

・・・2007年5月8日・・・





知が美であるとは限らないが、しばしば、”美は知である”と私は捉える。





人や世間から認められたいという動機からものを学んでいる限り、”真の知”への到達は夢のまた夢である。





今、生きていられるこの瞬間に心から感謝したいものだ。

・・・2007年5月6日・・・





加減というものは、度を越えてみないと意外とわからないものだ。





人間は、日々、水を摂取して生命力を維持し、自らの血の中で”文化的精神”を色濃くしていく動物である。

・・・2007年5月4日・・・





”微妙な気持ち”を伝えることは事実を伝えるより遥かに難しい。

・・・2007年5月3日・・・





義があっても、そこに礼がなければ”義の価値”を損ねることになる。





思索に思索を重ね、いつの間にか食べるのを忘れてしまった時に初めて、境地に到達するための”境地の扉の前”に立つことができる。





夜明けは朝であるが、朝は夜明けではない。

・・・2007年5月1日・・・





”感じる”ことと”感じ取る”ことは違う。





拒むのではなく、受け入れようとするその有様に”徳の奥行き”が出て来る。

・・・2007年4月30日・・・





光よりもむしろ、”影そのもの”が意味を成す場合がある。

・・・2007年4月29日・・・






甘さの中の苦味よりも、苦味の中の甘さのほうが、人間に”理”を教えてくれる。

・・・2007年4月28日・・・





体力があっても、逞しく生きれるとは限らない。(体力がなくても、逞しく生きている人は確かに存在する。)

・・・2007年4月27日・・・





他人の暖かい好意・愛情も、それを受ける本人が発するたった一言の自分本位な発言で、すべて台無しになることがある。





人とのコミュニケーションほど難しい代物はない。





最大の敵は、自分自身の心の乱れ。

・・・2007年4月24日・・・





人は、素足で外を歩いてみて初めて、素の自分だけでは何もできないことに気が付く。

・・・2007年4月22日・・・





言うよりも、言わないほうがエネルギーを使うものだ。





苦しみは、人生における最大の学びの一つとなる。





数々の屈折と奮起の積み重ねが、力強い思索の原動力となる。





知らないという事実よりも、知ろうとしない無関心のほうがより愚かな有様である。





点も、良く見れば、その中は結構広い。

・・・2007年4月18日・・・





たとえ新鮮であっても、それが斬新であるとは限らない。

・・・2007年4月15日・・・





場数を踏むと、”心を込めて丁寧に生きる”ことの意義について、より深く感じることができる。

・・・2007年4月13日・・・





毎日が異なる一日であるからこそ、今日は今日を楽しみたいものだ。

・・・2007年4月9日・・・





人間はまず受動的に生まれ、一定期間生きた後、今度は能動的に生まれ変わる。

・・・2007年4月8日・・・





慣れは即、人に油断を与える。

・・・2007年4月5日・・・





教えるよりも、育てるほうがより難しい技である。
・・・2007年4月3日・・・


夢は、諦めるものではなく、持ち続けるものである。


思念していることが、その本人の人格を色づける。


他人の善意というものは、身近であればあるほど、その価値がわからなくなってしまうものだ。
・・・2007年4月1日・・・


朝を素敵に過ごすと、一日も素敵になる。
・・・2007年3月30日・・・


雨は、決して降り続けないものだ。
・・・2007年3月29日・・・


物事における”加減”を知るには、実際の経験を多く積むしかない。


人は自分自身をよく知ってはいるが、多くの場合、”身の程”は知らないものだ。
・・・2007年3月26日・・・


人生最大の敵は、自分自身の弱さ・甘さである。


普通であることから逃れようとしている限り、その普通さから脱することはできない。
・・・2007年3月24日・・・


まず第一に、本質が存在する上で、そこに意味が生じる。(意味自体は、本質に先立って最初から存在するものではない。)
・・・2007年3月20日・・・


理は利であるが、利が理であるとは限らない。
・・・2007年3月18日・・・


いつ何時、何が起こるかわからないからこそ、人生は楽しい。
2007年3月15日


長年生きていれば、時には涙が止まらないこともある。
2007年3月13日


感性の力が本当に生きるのは、最初においてではなく、”最後の落としどころ”においてである。
2007年3月10日


”見ない”という行為の中にも、何らかの意識が内在している。
2007年3月8日


世も末だが、人の心も末である。
2007年3月7日




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