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特殊化と一般化

2021-05-17

何らかの具体的内容について、一般社会の多くの人々から理解されるには、その具体的内容について「一般化」させて表現し、伝えなければならない。このことは、たとえ時代や社会が異なっても、常に変わることはない。

一般化させたその具体的内容の中に、本来、啓蒙者が伝えたい本質的メッセージを挿入して表現し、伝えることは、実際のところ、普通の人々が想像する以上に難しい業(わざ)である。

今、ここで、興味深い思考をしてみよう。このラインに沿って思考を続けていくと、以下のような問題意識が生まれてくる。

 1) 一般の人々が触れる具体的内容についての特殊化とは、もともと特殊な能力・才能等を備えた啓蒙者においては、単なる「堕落」としての行い・経験として解するべきなのか。
 2) 特殊な能力・才能等を備えた啓蒙者が、その能力・才能等についての使用方法・表現方法を「地域的ステージ」まで下げ、それを”地域的に”表現し、”地域的に”伝えるということは、その本人にとっては、まさに「最大限の努力」「最大限の譲歩」なのか。

本稿における思考内容について、しっかりとその道筋を捉え、妥当性のある認識・理解に至るには、過去において相当なる思考の経験が必要である。しかし、一方、相当なる思考の経験がなくても、この問題について自分なりに深い思考を試みることは、その本人にとっては「大きな意味・意義」があるに違いない(例えば、この種の思考は、作家・芸術家等が「自己表現の過程で経験する困難・辛苦」の理解へと導かれる)。

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