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読み物カテゴリ: ‘哲学詩’

心を洗う

2023-01-25

心を洗う

自然な笑顔
ぎこちない笑顔

自然な笑顔は、素直で健やかな心の鏡
ぎこちない笑顔は、無理してつくる不自然な笑顔

良く考えてみよう
不自然な笑顔は、
”汚れた心の状態がそれをつくる”、ということを

早起きして、毎朝、心を洗ってみよう
心の汚れは、体の汚れと同じだから

人は毎日、汚れた体を洗う
しかし、どんなに体を洗っても、
心を洗わなけば、その心は”汚れたまま”

自然な笑顔は、
”生の質”を向上させる

生の質は、体だけでなく、
心を洗うかどうかで劇的に変わる

心を清潔にしよう
なぜならば、清潔な心が自然な笑顔をつくるから

炊煙の威力

2023-01-23

炊煙の威力

何も感じない
何も想像しない
何も考えない
それ故、何もしない

このような時の過ごし方は、
悪い意味で、”時間の無駄遣いの極致”

怠惰が齎す生産性のない負の時間
この時間は、決して忿怒の時間ではない

忿怒は、しばしば時空を超越する
その理由は、
激情から湧き出る憤りに”際限”などないからだ

際限のない忿怒は、
無意識のうちに”時空の壁”を突き破り、それを越える
だが、怠惰が、時空の壁を突き破ることはない

情感は、人を動かす
動かないのは、情感が欠落している証

人は日々、
炊煙を立てる

力が出ないとき、
炊煙に顔を近付けてみる
いや、近付けるだけでなく、
その中に顔を入れてみる

人が人であるならば、
煙の中に顔を入れたとたん、一瞬にして目を覚ます
そして、”こうしてはいられない”と考え、
奮起し、動き始める

新たな芽生えには、土と水が必要
しかし、時として、煙が威力を発揮する

今、想像してみよう
炊煙には、
”煙の形状以上の意味がそこに内在する”、ということを

炊煙は、
元来、竈の煙

竈は、昔から、
人々に、”やる気”と”力”を与えてきた食の基盤となる場所

人間の美しさの源

2023-01-23

人間の美しさの源

人間の声色は、
人間の内面の権化

人間の内面の真実を感じ取るには、
たとえば、外を歩いているとき、
植物の葉の揺れ具合を繊細に感じ取る力が必要だ

歩いているとき、無意識に歩くだけでなく、
目に入った葉の揺れの様相をしっかりと観察・把握し、
その揺れの意味と出所を知る力が必要だ

人間の顔色は、心の中の真実
心の中の真実は顔にあらわれ、
同時に、目にあらわれる

声色は、心の真実
知識の披露は、心の虚偽

嘘偽りは、邪道への入口
言うまでもなく、上辺の知識の寄せ集めが意味を成すことはない

人間にとって大切なことは、
一にも二にも、”心の清潔さ”

心の中が、清らか、且つ、無漏であるならば、
声色も顔色も、そして、目の表情も、
常に、眩しいほどの美しさでいっぱいになる

世俗的な欲から乖離し、
命で自分の真実に生き、そこで”一つの美”を感じたとき、
人間は、自ら、”真実に生きる意味と意義”に出会うことになる

情念の怒り

2023-01-22

情念の怒り

思念、
それは、少しずつ道をつくるもの

思念の積み重ねが道をつくり、
その道は、やがて、”情念の礎”となる

長い年月をかけて思念に思念を重ねない人に、
頑丈な道はつくれない

”情念の怒り”、
この怒りは、無双の道をつくってきた人の怒り

人は、情念の怒りの面前では、
頭を垂れるしかない

人は日々、感じ、考え、
そして、考え、感じる経験を繰り返す

無双の道をつくってきた人が持つ”底が見えない情念”、
この情念は、その表面から底までの距離について、
数字で測り知ることなど不可能な”底無しの情念”

果して、世の中に、
この、”底無しの情念を源泉とする怒り”に平伏さない人が存在するのであろうか

哲人の収斂

2023-01-16

哲人の収斂

凄寥の空気感の中、
たった一人で食を楽しむ哲人

テーブルには黒い皿
そこに、良く冷やした一丁の豆腐

豆腐に葱と生姜をのせ、
仕上げに微量の醤油

哲人は、
一丁の豆腐を一時間かけて食する

一時間という時空間
この時空間は、単なる食の時空間ではない

この時空間は、哲学するための時空間
哲人は、たっぷりと時間をかけて豆腐を食し、
理性で葱を噛む音を聴き込み、
噛む音を介して、一つひとつの課題を咀嚼し、哲学する

生姜は、豆腐を食の礎とする哲学の時空間を鋭敏にさせ、
哲人を、収斂の世界へと導いていく

収斂は、甘味の世界か、
それとも、苦味の世界か

普遍的境地において、
苦味は、甘味を超越する

哲人は、自らの血を流しながら、苦味の境地を何度も経験する
そこには、何のためらいもない
たった一回のためらいさえない

哲人の周辺を良く見渡しても、
ためらいの”欠片”さえない

”少な目”の美意識

2023-01-15

”少な目”の美意識

量をとるか、
または、質をとるか

人は大抵、量をとる
人は、”多ければ多いほど良い”、と考える

だが、量の多さは、
ものの価値について盲目にさせる

本当に、
多ければ多いほど良いのだろうか

いや、むしろ、
少な目を”良し”としたいものだ

少な目は美しい
少な目を良しとし、
少な目の美意識を磨いていくと、
ものの価値、そして、ものの真価について感じ取れるようになる

人は、”美しくなりたい”、と考える
美しくなるには、
量に惑わされないことだ

少な目の美意識
ほどほどの美意識
足りている、と捉える美意識

足りていないとき、
”足りている”と捉えた瞬間、
人は、美しさに内在する本質的要素の一側面を感じ取る

”形に支配される”という悲劇

2023-01-09

”形に支配される”という悲劇

形、
それは、本質不在の代物

形、
それは、”理性の使い方を知らない人間”を惑わす代物

前を見ても後ろを見ても、
右を見ても左を見ても、
本質不在の形ばかりが目につく

思うに、最初から、
形を形として捉える必要はない

なぜならば、人間は、
長い年月を通して自分自身が形に支配され、
人生の節目にその経験を回顧することによって初めて、
”形の中には何もない”、という真実に気付くからだ

では、本質はどこにあるのか
たいていの場合、
本質を目で見ることはできない

見えないものを見てみよう
見えるものに支配されるのではなく、
見えないものを見たとき、
人間は、”賦与された理性”の使い方を知るようになる

愛情と慕情

2023-01-08

愛情と慕情

人は、明言を好む
明言は、人に安心を齎す

安心して経験する言葉は、
果して、本当に安心なのか

人は、言葉を聞いたり、読んだりすると、
一度は、ほっと一息つく
だが、実際のところ、それで終わることはない

今、考えてみよう
明言された言葉が自分の身体に入ったあと、
”自分の中に新たなる情感が生まれる”、ということを

情感、
それは、時に、”心の中の一つの慕情”に変わっていく

慕情、
そこには、計り知れない深遠なる愛がある
慕情は、自ら生み、自ら育む”この世でたった一つの愛”

愛情と慕情、
人は、様々な人生経験を通して、
愛情と慕情の違いを悟っていく

2023-01-04

絆は強い
絆の強さに勝るものはない

鎖は脆い
鎖は、いずれ、砕ける命運を背負っている

絆は強い
絆には、人間の生と死を超越した結び付きが内在している

絆は、
人間と人間を結び付け続けている”永遠なる命の権化”

人間同士の”永遠なる融合”、
人間は、この融合の実現を目指して生きるが、
実現する人間はほとんどいない

”他者との融合の美しさ”を実体経験した人間、
その人間は、やがて、
”人間存在の究極的境地”に辿り着く

生きることの美しさ、
いや、これは、
”存在することの美しさ”を指すものだ

正道と邪道

2023-01-03

正道と邪道

私は、毎日、朝一番に旅に出る
旅には出るが、私の身体はそのままだ

朝の旅は、新鮮そのもの
旅の鮮度は、
直接、旅の質にかかわること

朝の旅は、
まさに、自分の”出所”に戻る旅
毎朝、自分の出所に戻る時間は、
自分の生き方を調整・微調整する時間

正道と邪道
正道は、正しい道
邪道は、正しくない道

自分が歩む道が、正しいのか、
それとも、正しくないのか
そして、いったい誰がそれを決めるのか

人間が人間である以上、
どのような人間においても、時として、生き方に”ぶれ”が生じる
ぶれは、人間を邪道に引き寄せる

人生の終焉を迎える日まで、旅をしてみよう
毎朝、自分の出所まで旅に出かければ、ぶれることはない
ぶれなければ、正道から外れることはない

正道、
それは、夢想家が、いたずらに夢見る道ではない

正道、
それは、人間が、人間らしく生きる道

正道、
それは、人間が、人間として、正しく生きる道

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