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読み物カテゴリ: ‘銀座書斎エッセー’

I’d like you to listen to the inner voice which is sacred to you in your heart.

2017-10-23

英語音声講義

⇒ I’d like you to listen to the inner voice which is sacred to you in your heart.(英語音声講義)

人間の心は、無意識のうちに、1)「社交向けの心」、そして、2)「内なる心」に分かれてその働きが行われています。「社交向けの心」とは、言うなれば、社会生活をうまくやっていく上で使う心。その一方、「内なる心」とは、本当の自分としての心です。

読者の皆さん、是非、静寂の中に身を置き、「自己の内なる心の声」を聞いてください。邪念・雑念を取り除き、内なる心から響いてくる声を聞くと、1)「本当の自分に内在している有様」、そして、2)「自分が心の奥底から切望している願望・夢」に気づきます。

しばしば、人間は、自分が気づかないうちに、自分が本当に望むことに対して無頓着・無感覚になることがあります。

「蛇の前で躊躇するな。少しでも躊躇すると、蛇に噛まれる」・・・古代ギリシアのロジックの類推適用

2017-10-16

古代ギリシアには、蛇を飼いならすとき、「蛇の前で躊躇するな。少しでも躊躇すると、蛇に噛まれる」という考え方がありました。蛇は、人間の油断を見抜きます。これは即ち、「蛇は、相手が隙を見せたとたん、即座に、相手を噛む」という考え方です。

この考え方は、様々な事例に類推適用することができる考え方です。マケドニアの王であったアレキサンダー大王(Alexander the Great; 356-323 B.C.)が、当時の常識を遥かに超越した偉業を成し遂げたのは、前述の、「蛇の前で躊躇するな。少しでも躊躇すると、蛇に噛まれる」という考え方が、アレキサンダー大王の心の中にあった所以でしょう。

◆参考
⇒ Any person who does the will of God without hesitation is treated equally.(英語音声講義)

この英語音声講義から学べることは、正しいことを行う人、特に、「心の中に何の曇りもなく、躊躇することなく正しいことを行う人」においては、やがて、その行いが、「真の愛の化身」となるということです(真の愛を行う人々の中では、何ら、差別化・区別化も存在しません)。

生井利幸公式サイトは、基本的に、日本、及び、海外の読者向けの記述として掲載しています。一方、わたくし生井利幸の弟子たちも、毎日、掲載済みの記述、英語音声講義等を介して、自分を磨き抜く毎日を送っています。本稿では、わたくし生井利幸は、弟子たちに以下の助言を与えます。

◆助言
・「正しいと思うことを行うとき、決して躊躇してはならない。躊躇すれば、その分、時間を無駄にすることになる。」
・「油断・隙は、忙しいから生じるのではない。油断・隙は、常に、”自分の甘え”から生じるものである。」
・「自分の甘えは、律しない自分から生じるものである。逆に言えば、自分を律し続ければ、自分に甘えが生じることはない。」
・「時々、律するだけでは意味はない。肝心なことは、毎日、すべての一秒において律し続けることである。」
・「時間がないのは、家族がいるからではない。家族がいても、本気になれば時間を作ることができる。」(家族・親戚は、誰にでもある。家族・親戚があっても、時間を作る人は作る。作らない人は作らない。)
・「(忙しい人における)時間とは、既にあるものではなく、自分の努力で作り出すものである。」
・「人生の行く末は、一事が万事において、”できるか・できないか”ではなく、”やるか・やらないか”で決まる。」

「形」(かたち)には実体はない

2017-10-02

人間は、常に、「形」(かたち)を求める生き物である。形が人間にやる気を起こさせ、形が人間にエネルギーを与える。

しかし、形という代物は、単なる表面としての「形式」である。形を「形」と呼称するわけであるから、形には実体はなく、そこにあるのは、いわゆる「表面的に見えるもの」としての形だけである。

本質論を述べれば、形を求めているばかりの人間には、形すらつくることはできない。

もし、あなた自身が、「形」をつくりたいならば、まず第一に、形を求める自分を放棄し、原点に戻り、自分を雁字搦(がんじがら)めにしている邪念・雑念・煩悩から離れてみよう。

邪念・雑念・煩悩から離れると、やがて道が見えてくる。道が見えてきたら、無心になって、その道を歩んでみよう。

英語音声講義

⇒ Ego unsoundly guides you to an irrational direction(英語音声講義)

“Stop stopping!”が教えてくれる「行動の重要性」

2017-09-12

プラグマティズム(実利主義)が台頭するアメリカ合衆国においては、一事が万事において、「行動」がものを言います。例えば、アメリカでは、毎日、「行動がものを言う」というポリシーで生きている人は、「すぐにでも行動する必要性」があるのに、いつまでたっても動こうとしない人を見ると、Stop stopping!という言葉を投げ掛けることがあります。

短い英語表現の中に、Stopが2回も続くこの表現、・・・日本語に訳しにくい表現ですが、これは、言うなれば、「何もしないことを止めなさい!」という意味となります。

日本でも、他人から「何もしないことを止めなさい!」と言われると、普通の人であれば、はっとするでしょう。それはまるで、長い睡眠状態から「目を覚ましなさい!」「とにかく動きなさい!」と活を入れられたような気持ちになるでしょう。

本稿では、是非、英語で「たった一度しかない人生を楽しむためのヒント」について受講し、自分なりに「生きる」について深い思索を試みてください。

英語音声講義

⇒ No scenario is written in human life beforehand.(英語音声講義)

Stop stopping!、・・・とにかく、歩きましょう。歩けば、前に進めます。

Stop stopping!、・・・足踏みすることなく、とにかく、前に進みましょう。前に進めば、今まで、知らなかった境地がそこにあります。

人類史という大枠から経験する「鎌倉・建長寺の空気感」

2017-09-11

先日、神奈川県鎌倉市まで足を運び、建長寺に長い時間にわたって滞在しました。建長寺は、建長5年(1253年)に建立。臨済宗建長寺派の大本山であり、実に広大な面積を誇る禅寺です。鎌倉幕府第5代執権、北条時頼が創立、本尊は地蔵菩薩です。

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建長寺に滞在した後は、寺から入れる山道を歩き、地球における人類誕生から現代までを哲学しながら、山道を歩きました。山道は、長い時間にわたって建長寺の空気感を満喫した後に入りました。そうした経緯もあり、山道では、「人類に賦与された時間の神聖性」をわたくしの理性性の中で再構築しながら、たっぷりと汗を流しながら歩くことができました。

今ある「時間」(time)は、神聖なるものです。決して、当たり前にあるものではありません。読者の皆さん、本稿では、是非、宇宙空間の存在性の中に「自分の存在」をしっかりと置き、以下の英語音声講義を受講してください。

⇒ Time is sacred to you as a gift given by the Most High.(英語音声講義)

建長寺付近の山道にて撮影。

建長寺付近の山道にて撮影。

生井利幸とガウタマ・シッダーサ

わたくしは、寺を訪れると、自己の精神性の中で、ガウタマ・シッダーサと対話をします。ガウタマ・シッダーサは、仏教の創始者です。わたくしは、特に、ガウタマ・シッダーサが長い修行を経て後に「悟り」を開いた当時のことを、「自己の命」で捉えながら対話をしています。

◆仏教の創始者、ガウタマ・シッダーサ(生井利幸による仏教講義(英語))
⇒ The enlightenment experienced by Gautama Siddhārtha(仏教講義(英語))

「労働の質」・・・100円の水を売る人の「笑顔と雑談の価値」

2017-09-09

私は、銀座書斎で仕事をしている間、時間があるときに周辺を散歩する習慣があります。毎日、一定の距離を歩けば、足腰を鍛えることができ、健康にも良いです。

私にとっての散歩は、実は、単なる散歩ではありません。「ものを書く」という行為を仕事とする私にとって、散歩は、言うなれば、地域社会の様相を見たり、あるいは、人間観察としての役割も果たしてくれます。日々の散歩で、大きな気づきに出会ったり、美しいひと時を過ごすこともあります。その一つは、散歩の途中、時々立ち寄るコンビニエンス・ストアーでの経験です。

私が立ち寄るコンビニエンス・ストアーには、65歳前後とみられる男性の店員が働いています。私は、通常、散歩の帰り道に、その店に立ち寄って100円のペットボトルの水を買う習慣があります。水を手に取り、それをレジに持っていくと、その店員は、毎回、素晴らしい笑顔で対応してくれ、健康的な雰囲気で少々の雑談もしてくれます。

100円の商品を買う客に対して、「笑顔で、心温まるコミュニケーションを図るその店員の『労働の価値』」、・・・人生経験が豊富な読者の皆さんであれば、その価値について、すぐにわかるに違いないと想像します。

私自身、その店員が、私に対して、素晴らしい笑顔で対応してくれるとき、「心の中は、完全に、この人のほうが高貴である・健全である」と感じます。本来、コミュニケーションに勝ち負けはありませんが、この店員に会うとき、私自身、常に「自分の至らなさ」を感じます。

収斂(astringency)を介して導き出される「超越的英知」(transcendental wisdom)

2017-09-07

「収斂」(astringency)とは、様々な学問分野で使われる概念ですが、通常、「多くのものが、一つにまとまる」という意味で使われる概念です。経験に乏しい世代においては、人は、一度に、あるいは、同時期に、たくさんのことに手を出します。無論、経験は大切ですが、「欲」(greed)を出してたくさんのことに手を出すと、結局、すべてが中途半端となり、何ら、自分のものになることはありません。

勉強で言えば、知識を身に付けようと、あれもこれもと手を出す人は、結局、すべてが薄っぺらい知識の断片となり、何ら、習得することはできない、という皮肉な結果を招きます。

人生で言えば、通常人が備える能力ではなく、通常人にはない「特別な(特殊な)能力」を身に付けるには、普通の人々と同じような方法(典型)で勉強するだけでは、自分が望むような「特別な能力」が身に付くことはないでしょう。

この世の中に、”タダ”で手に入るものはありません。何かを身に付けるのは、必ず、代償(price)が必要となります。英語では、Nothing is free in this human society. If you wish to get something important, you’ve got to pay the price for it.・・・これは即ち、「人間社会においてタダというものはない。もし、あなたが、あなたにとって何らかの重要なものを手に入れたいならば、それ相当の対価(代償)を払わなければならない」という意味を成します。

対価(代償)の意味は、固定観念の中に生きている人には、それを理解することは難しいでしょう。例えば、「特別な能力を養いたい。でも、普通の人が持っている普通の幸せも欲しい」という願望は、一般社会では、良く耳にする願望です。しかし、この願望は、通常は、叶わない願望です。特別な能力を養いたいにもかかわらず、普通の人々と同じような着想・発想の下で勉強しているのでは、残念ですが、いつまでたっても「普通」の枠組みから出ることはできません。

「特別な能力」を養いたいならば、”極めて特別な方法”で、「限界の限界」まで自分を追い込んで勉強しないと、自分が望むような「特別な能力」を養うことは不可能です。海外でも日本でも、自己実現ができる人の共通点は、「事物における対価・代償の意味」について達観している人です。これをわかりやすく述べると、対価とは、自分にとって本当に必要なことを行うために、「不必要と思われる雑多なことに手を出さない」ということです。

表現を換えると、賢者は、「一つに絞る」重要性を達観しているということです。勇気を持って一つに絞ると、実は、やがて、一つだけでなく、たくさんのものが手に入ります。収斂の概念に潜んでいる英知は、「的を一つに絞ると、やがて、多くを得る」という、特定の文明・文化を超越した英知であると言えるでしょう。

「特定の文明・文化を超越した英知」、・・・わたくし生井利幸は、自らの啓蒙活動、及び、教育活動において、この概念を、”抽象的概念として”、「超越的英知」(transcendental wisdom)と定義しています(具体的概念としての「超越的英知」については、他の妥当な機会において関係記述を掲載する予定です)。

農作業の道具・『万能』(まんのう)が教えてくれる「汗の価値と意味」

2017-08-30

本稿では、まず第一に、下の写真に写っている農作業の道具・「万能」(まんのう)を見てください。農業従事者が畑で万能を使って仕事をするとき、一体どれだけの「大量の汗」を流すのか想像できますか。

マンション住まいの人であれば、バルコニーに出て、掃き掃除をしたときに出る汗の量を思い出せばわかることでしょう。言うまでもありませんが、農業従事者は、マンションに住んでいる人が流すその汗の量とは比較できないほどの「大量の汗」を日常的に流しています。

読者の皆さん、「働く」という行為は、一体どのような行為を指すのでしょうか。また、「汗を流す」という様相には、どのような本質が内在しているのでしょうか。皆さん、この機会に、今再び、「『汗一滴』に内在する価値と意味」についてわたくしと考えてみましょう。

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◆英語音声講義
⇒ Taking action is absolutely sacred to you now and in the future.(英語音声講義)

◆参考記述
⇒ 19世紀フランスのバルビゾン派画家、ジャン=フランソワ・ミレー(1814-1875)の美意識

アリストテレスの「配分的正義」を源泉とする、生井利幸の啓蒙活動の精神

2017-07-24

「物事を理解するには、通るべきところを通る必要がある」、・・・この「通るべきところ」の存在は、その必要性がそこにあるからこそ、その存在の意味があるわけです。

「人間は、永遠に生きられるわけではない」、・・・このことは、当たり前と言えば当たり前の真実ですが、時として、人間は、「永遠ではない、限りのある生」の”神聖性”について無頓着になることがあります。

そもそも、「1年」という時間的空間は、頗る短い時間的空間です。例えば、毎年、年末のクリスマス・シーズンにケーキを食べる習慣がある人の場合、1年に1回食べるクリスマスケーキを10回食べれば、「10年」という歳月が過ぎ去ったことになります。人生80年と捉えた場合、その10年を8回過ごせば、「80年」の人生の終焉を迎えます。

銀座書斎では、わたくし生井利幸の下で勉強に励む「努力家の大人の紳士・淑女」がたくさんいます。その紳士・淑女は、銀座書斎ではわたくしが指導する学習者ですが、職場では立派な職業人として働いています。

話が変わりますが、わたくしが定義する「正義」(justice)とは、人類の英知の基礎を構築した人物の一人、即ち、古代ギリシアの哲学者・アリストテレスが唱えた「配分的正義」を源泉としています。わたくしは、真の正義とは、「どのような人間に対しても、無条件で、すべて平等に分け与えることではなく、”個々の人間の努力に応じたもの”を与える」という如き定義づけをしています。わたくしは、日々の活動において、アリストテレス理論「配分的正義」を源泉とする「生井利幸独自の定義・判断基準」を構築・堅持し、それを”実際に”、すべての活動において実行しています。

このような理由から、わたくしは、銀座書斎にて、一生懸命に勉強する学習者に対しては、常に、その勉強の量・質に応じた(見合った)指導・助言を与えています。これをわかりやすく述べると、銀座書斎では、学習者は、「勉強を真剣にやればやるほど、さらに、多くの勉強の機会と出会うことができる(講師から、さらにたくさんのこと・より崇高なことを教えてもらえる)」という恵まれた学習環境にあるということです。このことは、例えば、生井利幸が一人ひとり完全個人指導として直接指導している学校、英会話道場イングリッシュヒルズのウェブサイトに掲載されている重要教材・「レッスン日記」について、それをゆっくりと時間をかけて閲覧すると、必要十分に認識・理解することができるでしょう。

ここで、冒頭の問題に戻ります。「物事を理解するには、通るべきところを通る必要がある」、・・・生井利幸は、時として、特定の学習者に対して、その「通るべきところ」について、通常の常識を超えて、1)「スピードを上げて通らせる」、2)「さらに内容を濃くして学習させる」という教授法を実行することがあります。

通常は、「通るべきところ」は、決して急ぐことなく、ゆっくりと確実に通ったほうがよいでしょう。しかし、1)「スピードを上げても大丈夫な学習者」、「さらに内容を濃くしてもしっかりと学習できる学習者」に対しては、わたくし生井利幸は、”地球規模の愛情”として、勉強内容を「本質・真理の探究の方向性」に向け(絞り)、もっと迅速に、もっと濃厚に教授するようにしています。

銀座書斎で学ぶ学習者の中で、本稿を読み、「この記述は、自分に該当することだ!」と感じた人は、是非、迷うことなく、わたくしの指導・助言通りに勉強をしていくとよいでしょう。わたくし自身、長年、アメリカ・ヨーロッパを拠点として、世界中の大学、及び、研究機関において研究・教育に取り組んできた経験から断言できることは、銀座書斎における学びの道においては、「”短い人生において行う勉強”を、しっかりと確実に成就させる秘訣は、一にも二にも、講師である生井利幸の指導・助言通りに勉強していく」ということに尽きます。

再度、述べます。人生は短いです。クリスマスケーキを10回食べれば10年。その10年を8回経験すれば、あっという間に80年が過ぎ去ります。家族や親戚に、おじいちゃん、おばあちゃんがいたら、是非、聞いてみてください。「おじいちゃん、30歳の頃のこと、どれぐらい覚えてるか教えて?」と。あなたがこのように尋ねたら、きっと「30歳の頃? もう50年前のことだけど、今振り返ると、まるで昨日のことのようだね!」という返事が返ってくるでしょう。

人間は、あっという間に歳を重ねます。通常、人間は、ある程度歳をとった後に、「あの時、もう少し勉強しておけばよかったのに」、「30代の頃、自分の幸福ために、熱心に助言してくれた人がいた。今、当時を振り返ってみると、その人の助言を良く聞き、助言通りにしておけばよかった!」などと、過去を振り返るものです。

上記のことから学べることは、「自分の発展・幸福」のために確かな助言を与えてくれる本物の指導者が身近にいたら、「その助言の意味・価値」を自分なりに考えてみるということでしょう。本物の指導者は、常に、「指導している学習者における『最大の幸福』の実現」に的を絞り、全力で、それを実現することばかりを考えています(補足: 老婆心で述べると、たとえ学習者が全力で勉強する日々を送っていても、その一方で、学習者本人が、全力で(命をはって)教授してくれている指導者の気持ち・心の中を理解しているわけではないでしょう)。

最も恐怖を感じるとき

2017-07-16

私にとって、最も恐怖を感じるときは、「1分」以上、何もしていないときです。

読者の皆さんにとって、「1分」は、短い時間ですか。それとも、長い時間ですか。私にとっての1分は、「その中に1秒が60回分もある、長い時間的空間」です。

毎日、1秒1秒に「命」(life)を投入し続けながら生きている私にとって、「1秒が60回分もある1分」という時間的空間は、実に、相当なる長い時間的空間です。私にとって、「1分もの間、何もしない。何らの前向きな活動、建設的な活動をしない」という経験は、実に「恐怖の経験」です。

すべての人間にとっての「今現在の生」は、決して「当たり前の生」ではありません。私たち人間は、明日、否、”1分後”において、「迎える1秒を生きる」についての保証があるわけではありません。

世界中におけるすべての人間にとって、「今、生きている」という事実そのものが、まさに「奇跡」(miracle)であるわけです。

⇒ 55秒で体験具現できる「1秒1秒の奇跡」(英語音声講義)

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