AX

読み物カテゴリ: ‘銀座書斎エッセー’

私にとっての”literature”

2014-06-19

概して、“literature”は、日本語で「文学」と訳されることが多い。ところが、学問、芸術、創作等に生きる人間においては、時として、”literature”を「活字文化」として捉えることがある。

学問・文化・芸術を総合的に捉えて執筆活動、及び、啓蒙活動を行っている私においては、”literature”はまさに「活字文化」そのものである。アメリカから全面帰国後に銀座書斎で行っている啓蒙活動の主な柱は、国際教養塾(International Academy, Tokyo)、及び、英会話道場イングリッシュヒルズ(English Hills, Ginza)における国際教育である。

国際教養塾は、英語で「大学学部・大学院相当の学問」を教授する私塾。一方、英会話道場イングリッシュヒルズは、英語で「国際的教養・品格を備えた英日バイリンガル」を養成する日本一厳格な学びの聖域である。

私にとっての”literature”とは、「活字を介して学問・文化・芸術を表現するための『道具』(tool)」である。率直に述べるならば、私におけるliteratureは、それを文章として書いても、または、口語会話(spoken language)として喋っても、まったく同等の行為。literatureを広義に把握・解釈すると、「文章」には<文章の味わい>があり、「口語会話」には<口語会話としての味わい>が存すると私は捉える。

現在、国際教養塾、及び、英会話道場イングリッシュヒルズにおいて猛勉強を行い、英語でしっかりと「自分自身の教養の向上」を具現している塾生・受講生・弟子は、「教授者である生井利幸が表現するliterature」を満喫している人である。

率直に述べるならば、literatureは、「literatureを発する本人」から直接学ぶことが最も妥当な学習方法である。例えば、「エレガント英語」(elegant English)を習得したいならば、「自分が理想とするエレガント英語を喋る『本人』」から直接学ぶことが最も近い道のりであり、「教養」(culture)を養いたいならば、「自分が理想とする教養を備えた『本人』」から直接学ぶことが最も近い道のりだ。

音楽家(作曲家)は音楽を通して本質を表現し、画家は絵画を通して本質を表現する。そして、作家・学者は、文章を通して本質を表現する。literatureに生きる私は、今後も、literatureを通して伝えるべき本質を表現していく所存である。

英語音声講義

⇒ literature as the incarnation of my spirit(英語音声講義)

The importance to get your bearings

2014-06-16

英語音声講義

⇒ The importance to get your bearings(英語音声講義)

生井利幸が取り組む”lifelong mission”(一生涯の使命)

2014-03-29

当・生井利幸公式サイトにおきましては、読者の皆さんが、日本語と英語を通して、「世界」、及び、「人類」という立ち位置から様々な思索ができるよう、わたくし生井利幸自身、平日・週末・時間帯に関係なく、まさに24時間体制で、工夫に工夫を凝らして「原稿」「英語音声講義」等を作成・編集・掲載し続けています。

生井利幸事務所の活動は、まず第一に、研究・執筆活動。現在、取り組んでいる企画は、<長いスパン>で取り組んでいる長期的な出版企画です。現在は、学術・芸術の分野の執筆を行っています。わたくし生井利幸にとりまして、研究、及び、執筆は、「命」(life)の次に大切な活動です。実際、日々の生活におきまして、どのような超過密スケジュールであっても、また、病気になっても、「執筆」という”a lifelong mission”(一生涯かけて取り組む使命)について手を抜くことはありません。執筆は、「命」の次に大切な活動。実際、わたくし自身、これまでの人生におきまして、執筆を行うために様々なものを犠牲にしてきました。新しいものを生み、それを世に出すためには、必ず何らかの犠牲を伴います(この犠牲が一体如何なるものであるかは、著作家によって異なります)。

第二に、講演活動。講演会の開催は、社会貢献性が内在している講演企画のみお受けしています。一部の著名人の中には、講演活動をビジネスとして行っている人がいますが、わたくしは、「社会貢献性」が内在する講演企画、そして、「本質的メッセージ」を発することができる講演企画のみお受けしています。

第三に、国際教育活動。現在、当事務所は、国際教育部門として、国際教養塾、及び、英会話道場イングリッシュヒルズの2つの学校を運営しています。「国際教養塾」(International Academy, Tokyo)は、英語で、大学学部、大学院相当の講義を完全個人教授として行う私塾です。講義の学術レヴェルは、英米、及び、世界のトップレヴェルの大学・大学院に相当する学術レヴェルと定めています。大教室で行う講義ではなく、完全個人教授として、「一人の講師からたった一人だけ」で世界レヴェルの学術的講義を受講できる教育機関は、当・国際教養塾以外、日本にも海外にも存在しません。

わたくし生井利幸は、現在、上記三つの活動を「活動の大枠」として定め、平日・週末・時間帯等、一切関係なく、まさに24時間体制で活動を行っています。すべての活動は、わたくし自身の「命」(life)の一部であるため、その活動のためには「わたくし自身の『実際の命の長さ』」を削ることも織り込んで、「毎日24時間における『一秒一秒』」を魂で刻み続けています。

自宅で過ごす夜は、静寂の中、深遠なる思索を介して「本質」(the essence)のみと向き合っています。

自宅で過ごす夜は、静寂の中、深遠なる思索を介して「本質」(the essence)のみと向き合っています。

自宅では、季節に関係なく、窓やドアーはすべて全開し、外の新鮮な空気を循環させています。

自宅では、季節に関係なく、すべての窓やドアーを全開し、外の新鮮な空気を循環させています。

例年、春になると、自ずと、バルコニーで過ごす時間が増えるようになります。

例年、春になると、自ずと、バルコニーで過ごす時間が増えるようになります。

現在、わたくし生井利幸の活動拠点は、銀座3丁目の「銀座書斎」(The Ginza Sanctuary)です。毎朝、4:20に起床し、自宅で仕事をした後、通常、朝の6:30には銀座書斎に到着しています。自宅から銀座書斎までは徒歩13分。自宅は、「森のギャラリー」(Gallery in the Forest)という名称で、事務所の業務の打ち合わせはもちろんのこと、講義・レッスンの受講生等にも開放しています。

わたくし自身、自分の本名である「生井利幸」が、仕事を行う上での屋号(会社で言えば会社名)です。通常、「自分の名前」が公(不特定多数の人々)に知られている著名人・作家等の場合、本人にとって唯一の憩いの場である「自宅」を一般公開することはありません。

しかし、わたくしの場合、あえて自宅を一般公開し、「銀座書斎」のみで十分なはずの講義・レッスン等も、自宅である「森のギャラリー」で行っています。このような方針を採っているこの行為には、”実に深い意味”が内在しています。この意味についてこの限られたスペースで説明するのは不可能ですが、あえて一言で言うならば、「より確実に、”a lifelong mission”(一生涯かけて取り組む使命)を具現させる」ためです。

このIT社会においては、「自分だけ安全な場所においておき、自分の”身元”を明かすことなく、他人のプライバシー等を覗き見る」という行為が日常茶飯事に行われています。このような時代の潮流の中、わたくしは、あえて「危険を冒して『本質』(the essence)と向き合い、人々にそれを伝授する」という行為を行っています。

銀座書斎は「学問」「英知」の伝授の具現のため、そして、森のギャラリーは「芸術」「美意識」の伝授の具現のため、わたくしは、今後も、真の意味での社会貢献を具現するべく、「毎日の24時間における『一秒一秒』」を自身の「魂の『核』」において刻んでいきます。読者の皆さん、自身の身を挺して当・生井利幸事務所が行う何らかの啓蒙活動に参加したい人は、是非、ご連絡ください。国際教育部門として運営している国際教養塾、及び、英会話道場イングリッシュヒルズにおいても、わたくしは、常に、「全身全霊で自分の能力を高めていきたい人」「本気で本質を探究したい人」をお待ちしています。

人生は一度だけです。しかも、その人生は、「極めて短いもの」です。一度だけの、極めて短い自分の「生」をどのように捉えるか、それは常に、「自分自身の判断」に依拠するものです。

英語音声講義

⇒ Human life is transient.(英語音声講義)

一般社団法人・羽島青年会議所における講演会について

2014-02-25

2014年2月22日(土)、岐阜県の笠松中央公民館において、一般社団法人・羽島青年会議所の招聘により講演会を開催しました。

このたびの講演会における主な出席者は、企業経営者、経営に携わっている方々、及び、地域社会を支える若手リーダーの方々です。会場は、程よい緊張感が漂い、講演者であるわたくし生井利幸自身、会場において、講演を通して「理性的空気感」を作ってきました。

このたびは、以下において、講演に関する内容をテーマとした「英語音声講義」を掲載します。

英語音声講義

⇒ 講演者としての一つの理想郷(英語音声講義)

“the meaning of producing something new”

2014-01-21

There are two interpretations to think of producing something new. One is to produce for your own sake, the other is to produce for other people. The voice lecture was positively made to tell the essence, how you can philosophically think of new products you produce including academic, cultural and artistic products.

The important point I give you is that how you constructively work to produce something new for the benefit of other people and society. I surely hope that you make a sense to live well in your 24 hours every day through producing something new in your specific field.

英語音声講義

⇒ the meaning of producing something new(英語音声講義)

the basis of genuine intellect(真の意味での『知性の基盤』)

2013-12-18

私たち人間は、常日頃から「事実を認識する」という行為を行っているのでしょうか。「事実を認識する」、・・・言葉で言うのは簡単ですが、実際、これを行うことは決して簡単ではありません。

概して、「事実」(fact)には2つの事実があります。一つは、1)「自分にとって都合の良い事実」、そしてもう一つは、2)「自分にとって都合の悪い事実」です。人間は、概して、「自分にとって好都合な事実、利益になる事実」はすぐに認めますが、その反面、「自分にとって都合の悪い事実」「認めたくない事実」に対しては、<個人的な感情>が優先して、自分の心の中でそれがかりに事実であると気づいていても、その事実を認めようとしないものです。

自分の「知性」(intellect)を磨き抜き、何らかの本質や真理を探究するには、まず第一に、「この世に存在するありとあらゆる事実」を認識する必要があります。事実の面前で謙虚になれない人は、常に、事実の先にある「より高いステージにある境地」に入ることは不可能です。「事実に対して盲目にならない」、・・・このことは、「真の知性」(genuine intellect)を構築していく上で大前提となる基礎条件です。

英語音声講義

⇒ the basis of genuine intellect(英語音声講義)

人間は、いかにして心の中に平和を齎すことができるのであろうか?

2013-12-03

読者の皆さん、本日は、英語音声講義で「一つの本質」を感じてください。本日のテーマは、「私たち人間は、どのようにして『本来の自分』として心の中に平和を齎すことができるか」というテーマです。

自分なりの方法で「静寂のエレガンス」(the elegancy in a profound mood of tranquility)を構築し、蝋燭一本の面前でこの英語音声講義を聴いてください。心を静め、邪念・雑念を取り払い、静寂の雰囲気の中で英語音声講義を何度も聴き込むと、やがて、価値ある生き方を具現するための「一つの本質」が見えてきます。

英語音声講義

⇒ 人間は、いかにして心の中に平和を齎すことができるのであろうか?(英語音声講義)

地球の表面を覆う大気圏は、「人間社会を保護する”overcoat”」である

2013-11-25

時が過ぎ去るのは実に速いもので、この2013年は、もう既に11月下旬を迎えています。現在の時刻は、午前2:55分。私は今、バルコニーに繋がる窓をすべて開け、外気の新鮮な空気を吸いながら筆を執っています。思うに、11月下旬のこの寒い時期において、夜中に窓を全開にして仕事をしている人はまずいないでしょう。しかし、私にとっては、「窓を開け、外気を全身で浴び続け、夜空を眺めながら一秒一秒を刻む」という時間の過ごし方には深い意味があります。

夜空を眺めながら心の中で一秒一秒を刻むと、「今現在、自分は一体どこにいるのか」という事実について盲目にならずにすみます。「今、自分はどこにいる?・・・、住所で言うと東京都中央区?」・・・。無論、本稿において私が述べたいことは、そのようなローカルな捉え方ではなく、1)「広大な宇宙に浮かぶ数々の星の中の“一つの小さな星”にいる」、言い換えれば、2)「地球に存する一個の個人として、しっかりと地球の表面に根を下ろして存在している」という“鮮明極まりない”事実です。

すべての人間は、所謂、「考える能力」、即ち、「理性」(reason)を備えています。私たち人間は、日々、この「理性」を使って様々な事物・問題について考え、妥当な判断をし、行動しています。しかし、一体どれほどの人間が、この理性を介して「自分の居場所(立ち位置)」についてしっかりと捉え、このことについて十分な認識に至っているでしょうか。「人間は、広大な宇宙空間に浮かぶ一個の惑星の中で生息している」、・・・この“鮮明極まりない”事実について以下のように捉えると、「人間に賦与された一秒一秒」の価値・重さ・意味についてさらにしっかりと認識することができます。

 1) 人間は、宇宙に浮かぶ一個の惑星の中に生息している
 2) 人間は、地球という惑星の“大気圏内”に生息している
 3) 大気圏は、「人間社会を保護する”overcoat”」である

大気圏(the atmosphere)とは、言うまでもなく、地球の周りを囲む気体の総体を指し、体積で述べると、空気の5分の4を占める窒素(nitrogen)、空気の5分の1を占める酸素(oxygen)、その他、微量ではあるが、水素、アルゴン、二酸化炭素、オゾン、ヘリウム等を含んでいます。体積としての空気の比率は、窒素4(78.10%)・酸素1(20.93%)の割合。この比率は、地上から高度80km付近までほとんど変わりません。言うまでもなく、大気圏は、太陽の放射線から地球上の植物・生物を守り、同時に、地球表面の温度を(植物・生物等にとって)“適切温度”にする役割を果たしています。私たち人間において最も重要な認識事項の一つは、一事が万事において、「人間はこの大気圏の中に生息している」という“周知の事実”です。この「大気圏の中に生息している」とは、言葉を換えると、「人間という動物は、『”overcoat”としての大気圏(the atmosphere)』という保護圏域において、理性的存在者として、“自らの意思で”一秒一秒呼吸している」ということです。

宇宙空間における「地球存在」、そして、「人間存在」について以上のような捉え方を思索の基盤とし、今再び、「人間に賦与された理性」(reason given)について捉え直してみると、「人間存在という客観的事実に内在する本質」を認識するための道程を歩むことができます。そもそも、「学問は、一体何のために存在するのか」、「学問は、いかなる方向性に向けて行われるべきなのか」、・・・これらの本質的問題は、西洋・東洋を問わず、理性的存在者として学問を行う研究者においては必須の問題であると明言できます。

「地球の表面を覆う大気圏は、『人間社会を保護する”overcoat” 』である」、この事実を逆に解釈すると、「人間は、大気圏の外に出ると、即ち、広大な宇宙空間に出てしまうと、“微生物”(microbe)ほどの力も発揮できない」という現実が見えてきます。「人間は、単なる微生物でしかない」、人間は、このことを理性的思索を介して捉え直すことができたときに初めて、真の意味で、「理性の意味」(the meaning of reason)、そして、「理性の使い方」(the rational way to use reason given by God)について“腹”で理解することができるのだと私は考えます。

英語音声講義

本稿・銀座書斎エッセーを精読し、心を静め、静寂の中で以下の2つの英語音声講義を身を挺して聴くことにより、「理性の捉え方」についてより深く認識・理解することができるようになります。また、同時に、これらの学習経験によって、「学問とは、一体何のためにあるのか」という問題について価値ある思索をすることができるでしょう。

⇒ 英語音声講義Ⅰ
⇒ 英語音声講義Ⅱ

真実を教授する行為は、まさに、「痛み」(pain)を伴う行為である。

2013-11-16

人生を生きることは難しい。そうであるならば、人生を生きるということを大前提として、「学問を学ぶ」という行為は、さらに難しい行為であると捉えることができるでしょう。

この銀座書斎において、私は、常に、1)「真の意味で重要な事項・問題について教授する」、2)「真実を教授する」、3)「本質、あるいは、真理(に近いと推察されるもの)を教授する」ということを念頭において様々な講義・レッスンを行っています。

銀座書斎では、毎日、実に様々な人間の心理メカニズムが交錯します。無論、教授するわたくし自身、「喜び」を持って教授しますが、時には、かなり「心労」が重なることがあります。心労が重なる、・・・実のところ、それは<当然の成り行き>というべき事実です。その理由は、基本的に、この銀座書斎で学ぶすべての方々は、世俗的な損得勘定、しがらみ、邪念、雑念を捨て去り、まさに「真実の心」でわたくし生井利幸と向き合っているからです。

一人の人間が、「真実の心」で一人の人間と向き合うならば、楽しいことばかりではなく、時には、誤解や摩擦も生じます。人間は、言うまでもなく、「生身の動物」です。人間が生身の動物である以上、人間と人間の間には、しばしば誤解や摩擦が生じることは必然です。

それを是とする非とするか、私は、人間関係における起こり得るすべての誤解・摩擦等を考慮に入れ、これからも教授・啓蒙活動を続けていきます。「真実を教授する行為は、まさに『痛み』(pain)を伴う行為である」、・・・わたくしは、これからも”覚悟を決めて”最高の教授を行うべく汗と涙を流していきます。

英語音声講義

⇒ You cannot find a reasonable way to pursue the essence and truth without experiencing something difficult and painful in your process to study sciences.(英語音声講義)

“思索存在”社会の創造・・・「自分は一体何者なのか」という問題について考えたことがありますか

2013-10-24

”An Englishman’s house is his castle.”(イギリス人の家は各人の城である)、・・・この諺は、「プライバシーの尊重」の重要性を述べる諺として広く英米社会で使われている諺です。この日本の現代社会に生きる私自身も、迎える一日一日において、「自分の家は、自分自身の唯一の城である」という精神基盤を下にプライベート・ライフを送っています。

私は、毎日、“実にシンプルなライフ・スタイル”を送っています。例えば、仕事が終わり一旦家に戻ると、そこは、2013年の現代社会とは思えないほど「静寂、且つ、簡素な生活空間」で過ごしています。私は現在、都心のマンションに住んでいますが、部屋の中はまさに「森」です。リビングルームには、四方八方、天井まで届く観葉植物、そして、大小の様々な植物が置かれています。また、バルコニーのコンセプトは、「緑に囲まれた“空中リビング・ルーム”」。たくさんの背の高い木々が置いてあるバルコニーは、屋根のないバルコニーです。この空間では、昼間は太陽の光をダイレクトに満喫し、夜はたくさんの星を見ることができます。

自宅では、天気のいい日には、バルコニーで食事をし、仕事もします。バルコニーでは、自分の手で新鮮な野菜を育て、毎日、自分で育てた野菜を食べています。「自然」(nature)と共に毎日がある私のプライベートライフは、いわゆるインターネット、メール、テレビ、スマートホン等とは全く無縁の生活です。住まいは都心ですが、その生活の実態は、まさに”primitive life”(原始生活)そのものです。日々の生活は極めて”primitive”(原始的)ですが、実のところ、この原始生活にこそ「斬新的思索の”究極”」(the “ultimate” of novel consideration)の源泉が存していると明言できます。

“ものを書く”という行為を「人生における最大のミッション」としている私は、プライベート・ライフにおける最重要ポイントは、常に「深遠なる思索をするための最適の空間」を確保するということです。ご承知のように、この現代社会は、実に様々なネオン・雑音が交錯する<雑多な情報社会>です。無論、情報は必要です。しかし、情報には、二つの種類の情報があることに留意すべきです。一つは、1)「自分にとって必要な情報」、もう一つは、2)「自分にとって不必要な情報」です。

残念な事実ですが、現代社会は、非理性的に、1)「必要な情報」と2)「不必要な情報」が混在する<“度を越した”情報社会>です。多くの人々は、過度に氾濫した情報に依存するあまり、しばしば「独立した一個の存在者」としての自分を見失い、責任不在の情報に惑わされ、知らず知らずのうちに安易な方向性へと”誘導”・”扇動”されてしまっています。今ここで、読者の皆さんがこの現象を客観視したとき、そこに何が見えてくるでしょうか。読者の皆さんが深い思索を介して世の中を静観するならば、恐らく、今、現代人に求められる“あるべき生き方”とは、毎日、安易な情報に溺れた日々を送ることではなく、<自分の力で思索し、自分の力で自分の道を切り開く>という「古代から人間が経験してきた“本来における人間の生き方”」について再認識する重要性を感じるのではないでしょうか。

どのような人においても、「原点」に戻るには、それなりの「勇気」と「覚悟」が必要となります。読者の皆さん、“勇気を持って勇敢に”、是非、「自分の力で思索する日々」を送るように心掛けてみてください。自分の力で思索すると、必ず、「自分の本当の姿」、そして、「本当の意味での自分の立ち位置」について少しずつ見えてきます。

仕事柄、私にとって、「思索すること」は、何よりも大切な行為です。私にとっての思索とは、1)「“生きる”ということそのもの」、そして、2)「自分の人生におけるミッションを遂行する上で必要不可欠な行為」といえるものです。「深い思索をする日々を送るためには、一体どのような生活環境を構築する必要があるのか」、・・・この問題は、私が常に考えているテーマの一つです。本稿においては、この銀座書斎エッセーを読む読者の皆さんも、是非、私と一緒に「深い思索をするための方法」について考えていただきたいと切望しています。この問題、即ち、「思索の重要性」について一緒に考えたいという読者の皆さんは、是非、銀座書斎に訪問していただき、わたくし生井利幸と共に、何らかの具体的観点・事例を出発点として「思索の重要性」についてお話しする機会を持っていただきたいと願っています(⇒茶話会のお知らせ)。

この「思索の重要性」について、いわゆる社会全体の問題として考えると、「社会における“無思索状態”の風潮」は、「個々の人間の心の中における”dehumanization”(人間性喪失)」を次第に助長してしまっていると私は捉えます。”dehumanization”が進んでいくことを防ぐ唯一の方法は、「思索する世の中」(“思索存在”社会)を作っていくということです。毎日の生活において、現代の日本社会を構成する私たち人間一人ひとりが、“草の根的に”、少しずつ「思索する世の中」へと進んでいく努力をしていけば、徐々に「”humanization”(人間性回復)への道のり」を歩むことができると私は考えます。常に、一人ひとりが協力し合い、少しずつ、心を込めて丁寧に、1)「理性ある世の中」、2)「人間性のある世の中」、そして、3)「心豊かな世の中」を創造していくことが求められています。

英語音声講義

⇒ “思索存在”社会の創造・・・「自分は一体何者なのか」という問題について考えたことがありますか(英語音声講義)

生井利幸事務所 〒104-0061 東京都中央区銀座3-14-2 第一はなぶさビル5F
Copyright© 2003-2019, Toshiyuki Namai All Rights Reserved.